MARIA |
「待って! マリアっ!」 声は確かに届いていたが、マリアは止まらなかった。 力の全てを、前に進む事に注いだ。 藍色の世界に金の長い髪が尾を引き、空を流れていく様はまるで星のように早い。 強い向かい風に、瞳は乾き、視界を奪われる。 頬を擦る何かの破片が、白い肌に赤い線を生む。 だけどマリアは構わなかった。 早く、早く。 駆り立てられる焦燥感に、胸がひどくざわつき、ただただ先を急いだ。 ※※※※ 濃茶を基調とした壮麗な屋敷。 その門の前に、まだ幼い少女は立ち、何かを待っていた。足下に咲く野花を指でつついたり、石ころを蹴ったり……。暫くはそうして一人遊びをしていた少女だったが、中々それは訪れてくれなくて。 ついに痺れを切らした少女は、屋敷に向かって駆け出した。 色とりどりの花が咲き乱れる綺麗に整えられた庭を、少女は軽やかな足取りで、戸惑う事なく入り口へと向かった。 少し重厚な扉。小さな身体全体を使い、その扉を押し開けた。 幾分か外の気温より低い屋敷内は、ひんやりと心地よく、異様な静けさに包まれていた。 少女は求めた。高いその声は、よく響き渡るが、しかし返事はない。それでも求めながら歩みを進め、二階へと向かう。 階段を登りきると、独特な匂いが少女の鼻を掠めた。嗅いだ事のあるような、ないような。 少し不快に感じ、少女は鼻を摘みながら長い廊下を歩いてゆく。 廊下沿いにはいくつも部屋があった。 だけど少女は、何かに吸い寄せられる様に、突き当たりの部屋に向かい駆けだした。 求めていたものを見つけた、そう確信に満ちた笑顔で、勢いよく扉を開けたそこには……、 赤。 それ以外は何もかも、全てがモノクロだった。だからこそか、それだけが本来の色を残し、ひどく主張して瞳に映る。 しかし少女は解らない。自分が何を見ているのか。 この赤は、なに? 無意識にその色を辿れば、それはじわりじわりと足下に流れてくる。 赤い、赤い、それは……。 「やめて……!」 マリアは勢いよく起き上がった。 体は荒い呼吸で上下し、額には脂汗が滲んでいる。その激しく乱れた呼吸は、暫く落ち着きそうにない。 夢。眠りは断ち切った。 頭ではそう認識するが、映像だけが鮮明に脳裏に残り、心が中々追い付けない。 「んっ、どしたの?」 蒼白な面持ちで固まるマリアに、不意に掠れた声が聞こえた。ゆっくり首をそちらに動かすと、まだ幼い少年。半目で視線はぼんやりしているが、それでも心配そうにマリアを見ていた。 「あ、ごめん。やな夢見て……。でも大丈夫だから」 起こしてしまった事を謝ると、マリアは頬に伝う汗を掌で拭った。そしてその手を額に移動させ、顔全体を覆い、落ち着けと言い聞かせた。 「なんか寒いし、こっちで寝る」 「え? レオ?」 思いのほか近くで聞こえたレオの少し高い声に、マリアは瞳を丸くする。 いつの間にこちらにきていたのか。 既に自分のスペースを確保し、寝る体制を整え始めるレオに、マリアは戸惑う。 「嘘、暑いよ今日」 夏に差し掛かろうとしている今の季節は、少し寝苦しさを感じる程気温は高い。 それなのに、寒いはないだろう。 瞳を閉じるレオの額にだって、うっすら汗が滲んでいる。だけど寝た振りを決め込むレオは、そこから出ようとはしなかった。 そんなレオの不器用な優しさにマリアは苦笑を浮かべる。同時に大きく揺れていたマリアの心は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。 あの日も確か暑い日だった。あんな夢を今更見たのは、この暑さの所為かもしれない。 そっぽ向いたレオの背中は、まだとても小さいのに、安心感をマリアに与えた。その背中に体を寄せれば、子供特有の高い体温を感じる。 「やっぱ暑っ……」 そんな不満を口にすれど、マリアは離れる事なくそのまま瞳を閉じた。 ※※※※ 「いってきま〜す」 「はい、気をつけて」 爽やかに晴れた日差しの中。マリアは見送りに出てきた壮年の男に、朝のお決まりの言葉を告げた。 「〜っす」 その後から重い瞼のレオが、パンをくわえながら横切る。 「おやおや、レオ君はもう少し寝ていたらどうですか?」 レオの温もりで、あれからぐっすり眠れたマリアだったが、彼は違った。暑さで眠れずうとうとしかけた時には、既に朝だったのだろう。少し充血した瞳が、それを物語っていた。 「そうよ、あんた別にイエロスじゃないんだからさ」 「ん〜、大丈夫。それに約束したから」 パンを口に押し込み、頬を二度叩き、気合いを入れると、レオはにやりと笑顔を見せる。 「ははは、すっかりガーディアンですね」 幼いレオのいっぱしの言動に、その微笑ましさから男は思わず笑い、レオの頭をなでた。 ガーディアン。 それはレオの目標だった。いかなる時も主人の側を離れず、その身をていして主人の命と意思を守る者。レオはマリアを主としていた。まだ見習いであるが。 「本当。でも、お弁当。忘れるなんてひどいわ」 屋敷の中から弁当を手にした女が現れる。 女は少し業とらしく口を尖らせてはいるが、その瞳はとても穏やかで優しい。 「あ〜忘れてた! ごめんなさい」 「ごめんなさい」 マリアとレオは弁当をそれぞれ手渡されると、平謝りで苦笑いを浮かべた。 和やかな朝のひととき。 イエロスとなる為、マリアがこの屋敷に居候する事になったのは、今より三年程前の事。 反抗心が強く、傲慢だったマリアの荒んだ心を、少しずつ時をかけ開いてくれたのがこの夫婦、パルスとアルテミスだった。 紆余曲折はあったが、幼い頃に両親を亡くしたマリアにとっては、親ような存在だった。 「よし。じゃあ、頑張ってね。急いでるからって、あんまりスピード出しちゃ駄目よ?」 「あっ! やばっ、遅刻しそうだったんだ! レオ行くよ!」 すっかり自分の状況を忘れていたマリアは、アルテミスの言葉に我に返り慌てだす。 「待って、マリア! パルスさん、アルテミスさん、じゃっ」 マリアの後を慌てて追うレオだが、一度振り返り二人に手を振った。 そしてふわりと浮いた身体をそのまま上昇させ、夫婦が見送る中、宙を飛んでいった。 ※※※※ レンジーの遥か上空に浮かぶ大地、コスモ。 二つに分けられた種族のうち、上位種族であるコリフェイアが住まう大地。 そのコリフェイアと世界の秩序を守る為、創られた組織、イエロスの本部が置かれるのもまたコスモである。 イエロス第三師団に所属するマリアは、一日の任務を終え、帰路につこうとしていた。 疲労感が一気にマリアに襲いかかる。まだまだ下っ端のマリアは、何だかんだと雑用を押し付けられ、仕事が終わる頃にはいつもくたくただった。特に今日は、夜更けにあんな夢を見てしまった所為で、普段ならしないミスを連発し、帰る時間も遅くなってしまっていた。 ため息が、自然と漏れる。 寝不足だった訳ではない。レオの添い寝のおかげで、寧ろいつもよりよく寝れたと感じる。 だけど夢が消えてくれない。 目覚めてから、今も脳裏に焼き付いて離れないあの夢の映像が、マリアの気持ちをひどく不安定にさせていた。 そして二度目のため息をついた時、突然マリアの視界は奪われる。 「動くな」 間髪入れず拘束され、耳元で囁かれる声は、静かで低い。 驚きと同時に、油断していた自分に後悔した。 ごくり、と生唾を飲み込む。焦るな、と自分に言い聞かせ、相手の気配や声、マリアは集中し注意深く探った。 すると、 「なぁんちゃって、びっくりした?」 聞こえてきたのはなんとも暢気なトーン。瞬時にまわされていた腕を払い、マリアは振り返った。 「アラン……。なんの真似?」 不覚にも、少し切迫してしまった自分に苛立ち声音をわざと低くした。 「んな睨むなよ。軽い冗談じゃん?」 「なにそれ、うざっ」 「ごめんね、マリア。アランっ、だから言ったじゃん、止めようって!」 不愉快を前面に出すマリアを、後ろから現れた少年が宥めるが、マリアの眉間の皺は深めるばかり。 「あ! ずりぃぞ、エド! 俺だけ悪者にすんなんてっ!」 「いや、俺を巻き込むなよ!」 「なんで、同罪だろ〜?」 「は? どこが? ってかなんで?」 「って〜〜かっ!! なんなの? なんか用?」 幼稚な口論を勝手に始める二人。無視して帰ってやろうかと思ったマリアだが、それはなんとか思い留める。 「用ってか〜、あ〜っと、お前今日ミスってばっかだったんだって?」 「は? で?」 だからなんだと言うのだろう。わざわざ説教でもしに来たのなら、今日は勘弁して欲しい。 そう思い、ため息まじりに言うアランをマリアは嫌そうに見た。 「いやだからさ〜、ちょっと気になったから、なぁエド?」 「ん〜と、その、心配で見に来た、んだよね、はは」 少し気恥ずかしそうに頬をかくアランに、エドアルドも視線を外し照れくさそうに笑った。 「え、まじ?」 意外な二人の理由を知り、さっきまでの毒気が一気に抜かれた。 だってそんな、それはちょっと嬉しすぎる。マリアは目頭が少し熱くなるのを感じた。 二人とも同じイエロスで、共に学んだ彼らもまた、マリアと同じ下っ端だ。所属している師団は違えど、下っ端が忙しいのは変わらない。アランはまだ同じコスモで持ち場も近いが、エドアルドに至っては持ち場はレンジーだ。レンジーからコスモまでは、それなりの距離がある。それに次期領主となるエドアルドは、マリアやアランの非じゃないくらい多忙なはずだった。 それなのに、わざわざ時間をさいて来てくれたなんて……。 「で、何があったよ?」 アランは少し眉根を下げて、心配そうにマリアを覗き込む。 「あんな簡単にいつものマリアなら、後ろ取らせない。何かあったんでしょ?」 断定して聞いてくるエドアルドの瞳は、優しくマリアを包み込む。苦楽を共に学んだ年月は、少しの変化も見逃してはくれないらしい。 確かにあの夢は、思い出したくない過去をマリアに蘇らせた。 十年近く絶った今もなお、癒える事なく苦しませ続けるあの悲劇。自分では平常を装っているつもりだったし、誰に頼るつもりもなかった。 だけど気遣いわざわざ駆けつけて来てくれた仲間に、嬉しさと気恥ずかしさが胸に込み上げてくる。それと同時に、さっきまでのあの言い様のない不安感は嘘の様に消えた。 「大丈夫。今何もなくなったから」 綺麗に笑うマリアの顔は、いつもの力強さを取り戻していた。 「そう? ならよかった」 「んじゃ、帰ろうぜ」 二人はそんなマリアの笑顔を見ると、それ以上深く追求する事はしなかった。だってそれは何よりの証拠。何を語るよりも、確かな答えとなっていた。 きっとこの先、負ったあの傷は、癒える事はないだろう。こうやってまた、時折酷く疼き、マリアを苦しめるに違いない。 だけどあの頃と今のマリアは違う。 力を手にした。 まだ小さいが、強い背中がいつも守ってくれている。 暖かく優しい眼差しを、日々感じている。 そしてきっとどんな時も駆けつけてくれる、かけがえのない絆。 この綺麗で強い宝物達がきっと守ってくれる、そしてまた自分も守っていきたいとマリアは思った。 なのに……。 あの悲劇が、いやあれ以上の悲劇が再び繰り返されるなんて、この時のマリアには思いもよらなかった。 三人で、他愛もない話をしながらレンジーに降り立った頃には、すっかり辺りは闇に包まれていた。 マリアはアランとエドアルドに、屋敷の前まで送ってもらうと、飛び立つ二人の背中が見えなくなるまで見送った。 そして屋敷に入ろうと、踵を返した時。 マリアは腹部に強い衝撃を感じ、意識を手放した。 ※※※※ 「おにいさま、マリアはどうしてここからでられないの?」 「此処から出ると、悪い人に襲われちゃうからだよ」 「おにいさま、おとうさまとおかあさまはどこ?」 「悪い人に攫われちゃったんだよ」 「おにいさま、わるいひとって?」 「悪い人はね……」 真っ白な部屋。 一面、壁も家具も何もかもが白一色。その白く綺麗に整えられたベッドに、マリアは寝かされていた。 ゆっくりとマリアの瞳が開かれていく。そしてぼんやりとだが、意識も覚醒されていった。 「っつ、此処は……」 頭に微かな痛みを感じる。マリアは額に手を運び頭を庇いながら、身体を起こした。 視界に映るのは白の世界。それはどこか幻想的で、清廉な美しさを抱かせるが、マリアは違った。 白。それは、恐怖。 「おはよう、マリア」 突然投げかけられたのは、独特の甘い声。その声に、マリアの身体は強張り、背中には悪寒が走る。 寝起きとはいえ状況的に、神経を張り巡らせていた。にもかかわらず、男の気配をマリアは、一切感じる事が出来なかった。 「……っゼノ……」 憎しみを込めて、マリアはその名前を口にする。 この部屋の特異な配色から、ゼノが現れる事など、マリアには容易に想像出来ていた。そもそもあんな非道な行いをする奴なんて、他にいない。 マリアの鋭いまなざしに、怯む事なくゼノは近寄り、その白い頬に手を伸ばした。 「なんかうなされてたみたいだったけど、大丈夫?」 「っつ……」 氷の様に冷たいゼノの手に、思わず身体を震わせる。 「怖い夢でも見ちゃった?」 甘く優しい声音。 だが萎縮し俯いたマリアの顔を、覗き見る瞳は感情の一切ない無機質なもので、形だけが弧を描き、その異様さが見る者に戦慄を走らせる。 怖い。だけど震える身体をなんとか押さえつけ、マリアは出来る限りきつくゼノを睨みつけた。 「……な、んなの? なんか、用……?」 「つれないなぁ。たった二人の兄妹だろ? 可愛い妹に会うのに、理由なんているのかな?」 「私はあんたなんかに会いたくない」 人を殴って気絶させといて、可愛いなんてよく言えるな、とマリアは今更ながらゼノの神経を疑った。そもそも神経なんて、ないのかもしれない。あったらあんな、 「うわぁ〜、傷つくなぁそれ。もしかして、反抗期?」 おどけて見せたり、くすくすと笑う顔は、少年のようにあどけなく見えるのに、やはり瞳だけは変わらず冷たい。そう感じるのは、その色の所為だろうか。コリフェイア特有の紫の瞳が、そう感じさせているのだろうか。 だったら自分もそうかもしれない、とマリアは一瞬思うがすぐにその考えは消えた。 だってゼノとは違う。 幼い頃は、ゼノに対して劣等感や、同族嫌悪の様なものを抱いていたマリアだが、今は違った。ゼノの元を離れて、色々な人に出会い、色々なものを見て、まだほんの一部にすぎないが、少しだけ世界を知った。 これからはもっともっと、その可能性を広げていきたい。それなのに……。 「いい加減にしてよっ! もう放っておいて! あんただって私がいなくて清々してるでしょっ?!」 「そんな事ないよ。ねぇマリア。帰っておいでよ。今度は二人で一緒に住もう?」 「は? 一緒に住む? 監禁する、の間違いじゃない?」 酷く冷たい声だった。勿論意図して発していたのだが、予想以上でマリア自身も少し驚く程だ。 ゼノの無機質な瞳が一瞬悲しく揺らいだ。 その久しく見ていなかったゼノの感情に、マリアは少し戸惑うが、気持ちは変わらない。 「じゃぁ、私帰るから」 呆然と立ち尽くすゼノを、なるべく視界に入れない様にして、マリアは腰を上げた。 そして丁度部屋のドアに手を伸ばした時、 「クククク、クハハハハっっ!」 「!?」 突然狂った様に笑い出すゼノ。不審と驚きから、マリアは振り返った。 「ククククっ、ねぇマリア。帰るって、どこに?」 笑いを堪えながら、目に涙までためて、意味の分からない事を聞いてくるゼノに、マリアは眉をしかめた。 「どこって、パルスの屋敷に決まってるでしょうが」 「ふ〜ん、でももうパルス、そこにはいないかもよ?」 「は? 何言って」 「クククク、どこ行っちゃったと思う?」 その意味深な言い回しに、一抹の不安を覚える。 何がそんなに可笑しいのか。気でも狂ったかのように楽しそうに笑うゼノに、嫌なデジャブがよぎった。 「パルスに何したの?」 「僕は何もしないよ。ってか出来ないし。レンジーに行けないんだもん。そうだ、するのは誰だと思う?」 「何なの!? ふざけてないで、答えてよ!?」 のらりくらりとしたその態度に、苛立は募っていく。そして何故だか酷く焦燥していた。 「落ち着きなよ。怒った顔も綺麗だけど、僕が好きなのは、」 「早く答えてっ!!」 「解った解った! 手荒いなぁ、もう。皺になるだろ」 胸ぐらに掴み掛かったマリアの手を払うと、ゼノは乱れた服をただし、ベッド脇のサイドテーブルに腰をかけた。 「マリアさぁ、自分がどれくらい寝てたか知ってる?」 「は? どれくらいって……」 そう言えば、自分はどれくらい寝ていたのだろう。せいぜい五・六時間くらいだろうと、マリアは勝手に鷹をくくっていたが、言われて初めて疑問に思う。腹を強く殴られ意識を無くしたが、目覚めた時、その痛みは感じなかった。気を失う程強く殴られていて、五・六時間で痛みがなくなる筈が無い。という事は、 「三日。三日間、君には眠っててもらったんだよ」 「眠って、もらってた……? なんの、為に?」 教えろと、あれだけ喚いていたのに、今は何故か聞くのがとても怖い。ゼノがあんな風に笑うのを、マリアが見たのはこれが二階目だった。 「エドアルド君に、決意を固めてもらう為」 「え?」 固唾を飲み込み、ゼノの答えを待っていたマリアだが、その緊迫が少しだけ溶ける。 思わぬ名前があがった事に、頭が困惑し、思考が上手く切り替わらなかった。 何故そこでエドアルドの名前が出て来たのか、マリアには見当もつかない。 「彼、強くなったよね〜。昔は弱虫で泣き虫だったのに。僕にまで歯向かってきて。図々しいよね、たかが領主の孫がさ」 「何が言いたいの?」 ゼノの話はとても飛躍して聞こえ、その意図が全く解らない。 だが普段から脈絡のない話を唐突にするゼノ。しかしそう見せかけておいて、その実とても深い繋がりを持っている事もある。今回はそのどっちなのか。マリアはパルスとエドアルド、二人の関係性を考えながら、探る様にゼノを見た。 「僕はね、マリア。パルスも大っ嫌いだけど、エド君も嫌いなんだよね。だからエド君には試練を与えたんだ」 「試練?」 「そう。でも次期領主としては、大事な事だよ〜。究極の選択。その練習、かな。民全員の命と、一人の男の命、どっちを選ぶ?みたいな。まぁ、ありがちで超簡単だけどね。なのに三日も考えるなんて、馬鹿だよね〜エド君」 饒舌に表情をころころ変えて話すゼノ。それはまるで新しい玩具を与えられた子供の様に、無邪気でとても楽しそうに笑う。そのゼノの面様と内容が、あまりにも噛み合なくて、マリアの見識を遅らせた。 「……ゼノっ、まさか……!」 容易く信じたくはなかった。導きだした答えはあまりにも残酷で、どうか違うと言って欲しい。 だけど、相手はあのゼノ。冷酷で、非情な男。マリアはその事を誰よりよく知っている。 次第に強張っていく面持ちのまま、呆然と立ち尽くすマリアに、ゼノはゆっくり近寄った。 そしてその細い首に腕をまわし、抱き寄せると、 「マリア。君を思うのも、君が思うのも、僕だけ。そうでしょ?」 耳元で囁かれるゼノの言葉は、まるで何かの呪文の様に、マリアの頭にこだまし繰り返されていく。 「なのに最近よそ見ば〜っかしてるんだもん。マリアが悪いんだよ?」 染み込んでくるこ言の葉は、マリアの身体を見えない鎖で縛り上げ、思考すら奪った。 緩い弧を描き、とても甘く優しい声で、ゼノは言う。 「パルスはきっと、もうすぐお父様とお母様の所だよ」 その言葉に虚ろいでいたマリアの意識は覚醒され、強い力が彼女を纏い、ゼノの腕を振り払った。 「許さない」 いつの間にかマリアの手には、彼女の武器であるロッドがあ握られ、その先端はゼノへと向けられる。憎しみに満ちたマリアの瞳は、ゼノを鋭く睨み、今にも襲いかからんばかりだった。 「いいね、その顔。凄く綺麗。僕の一番好きな顔だよ」 禍々しいまでの殺意をものともせず、ゼノは狂気の笑みを浮かべ、無機質なその瞳を怪しく光らせた。 そんなゼノに向かい、マリアはロッドを大きく振りかざした。強い風圧が鋭い閃光となり、ゼノを襲う。 「おっと。僕と遊んでくれるの? それは嬉しいんだけど、いいの? まだ間に合うかもよ?」 あっさりと避けられ、マリアは舌打つが、次の攻撃の態勢を取る。 「何が?」 「まだ屋敷についてないよ、エド君」 ※※※※ 走って飛んで、翔て降りて、そしてまた走った……。 とにかくマリアは急いだ。 ゼノが何故それを教えて来たのかは解らない。単に踊らされているだけかもしれない。 それでも、僅かでも可能性があるなら……。 望みを祈り、マリアは走った。 「あ、おいっ! ちょ、待て!」 「待って! マリアっ!」 コスモを出る門に差し掛かった所で、アランとレオに呼びかけられるが、マリアは止まらなかった。 力の全てを、前に進む事に注いだ。 藍色の世界に金の長い髪が尾を引き、空を流れていく様はまるで星のように早い。 強い向かい風に、瞳は乾き、視界を奪われる。 頬を擦る何かの破片が、白い肌に赤い線を生む。 だけどマリアは構わなかった。 早く、早く。 駆り立てられる焦燥感に、胸がひどくざわつき、ただただ先を急いだ。 上手く息が出来ない程、乱れた呼吸の中、やっと辿り着いた見慣れた屋敷。 何時もなら灯りがともっている部屋は暗く、異様な程の静けさがあの日と重なる。 幼いマリアは少し重い扉を開け、母の名を、父の名を交互に呼んでいた。 「パルスっ! エドっ! アルテミスっ!」 中に入り漂ってきたのは、覚えのあるあの匂い。独特なこの匂いに、マリアの眉間に深い皺が寄る。 あの時は初めて嗅ぐこの匂いに、不快感を覚えるだけだったが、今は違う。マリアは知っていしまった。 その事が感じたくない絶望感をマリアに与えた。 それでもマリアは僅かな希望に縋り、二階へと続く階段を駆け上った。 少し長めの廊下、その突き当たりにある部屋。あの時と同じで、すぐにそこだと解った。 無意識にマリアは固唾を飲み込む。足音が静かに響き渡る。 一歩、一歩と部屋に近づき、ゆっくりと扉をあけると……。 薄暗い、だけど何時もと変わらない、パルスとアルテミスの寝室だった。 あの時みた、モノクロの世界にはなっていなくて、あの赤い色さえも、そこにはなかった。 だけど……。 マリアは崩れる様に床に座り込んだ。 「マリアっ!」 追い付いてきたレオがマリアの元に駆け寄ろうとするが、その後ろにいたアランにそれを遮られる。 「何すんだよっ! 離せっ、アラン!」 「駄目だ! 絶対離さないっ!」 立ちこめる血匂と張り巡らされた冷たい空気から、現状を悟ったアランは、暴れるレオを懸命に押さえた。そして抱き上げるとその顔を部屋とは反対に向かせた。 「離せって! マリアっ! マリア、大丈夫!?」 何も知らないレオの声に、一筋の涙が頬を伝う。 そこは赤くも、モノクロでもない世界。 寄り添った二つはそうとは思えない程綺麗で、だけどものでしかないと知れてしまう。 虚無感がマリアを覆う。 「マリア」 部屋に立ち尽くしていたエドアルドの声は、か細く力ない。 「……許さない」 震える細い肩は、儚く酷く頼りない。 俯くマリアの表情は見えなくとも、掠れた声が切なすぎる程よく響いた。 「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ※※※※ 白い、白い世界。 壁も家具も何もかもが白。 窓際に置かれた椅子に、少女が座る。 金の長い髪、白い肌。紫の瞳は、虚ろで生気を一切感じさせない。 「やぁマリア。今日は何して遊ぶ?」 あの日失ったのは優しかった、父と母。そして兄。 そして悲劇は繰り返された。 失ったのは、希望の光。 |
seri
2011年06月26日(日) 08時29分38秒 公開 ■この作品の著作権はseriさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 seri 評価:--点 ■2011-06-27 10:20 ID:ehq5/kBuLY2 | |||||
お様 感想頂き、ありがとうございます! やっぱそう思いますか〜……。終わってねぇだろって、思いますよね……はは。 もう一度改めさせて頂きます。 お褒めの言葉まで頂き、身に余るばかりで、すごく嬉しいです。 活字離れてるので、もっとたくさんの本を読み色々勉強します。 ありがとうございました! |
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No.1 お 評価:20点 ■2011-06-27 00:45 ID:E6J2.hBM/gE | |||||
うーん、これは…。 てことで、こんちわ。 やー、さすがにこれでお終いってのはどうだろう。読者として、ちょっと納得しかねるかなぁ。やっぱ続きがないと、まだ始まってもないじゃんって感じですかねぇ。ただ、続きがあるとなると、このサイトの規約的にこれもまたまずいんですが。うーん。これで完結と言われるならそれを尊重すべきでしょうが、そうすると、評価を下げざるを得ない。困りましたね。 初めてと言うには文章が良い感じですね。ただ展開を書き記すだけで手一杯という初心者の方も多い中で、視覚的にシーンをとらえ、演出的に描き出そうとする意志が見受けられて、いやー、たいしたもんだと感心しました。日常的に本を読み、日常的に文章を書く習慣づけができれば、すぐに上達されるんじゃないかな? もしこれが本当に初作なら、妬心すら覚えますね。 まぁ、そんなことで。 続きがんばってください。 |
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総レス数 2 合計 20点 |
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