ファンタジークエスト
 ふとももに赤の線。血流が爪先まで垂れ、革靴にまで滲むと、妙に温かい。思わず軽く足踏みすると、血だまりが音を立てる。そこから二、三の歩を挟むと、大ぶりのウサギだ。真っ青な目と太く鋭い角が、小さな体躯に不恰好についている。角は本当に不釣合いで、園児がふざけて駐車禁止の三角コーンを頭から被っているかのようだ。
「死ねぇぇぇぇええぇ!!」
 俺は叫び、そいつへと剣を振り下げる。が、ひらりと跳ねられ、両腕はそれに応じられず、そのまま剣は一直線に空を斬る。すかされ、よろめき、身体が流れる。瞬間、横腹に熱が走った。思わず手を当てると、血糊がひっつく。手の細かいしわの合間まで真っ赤で、《そのまま拓が取れそうだ》と場違いにも思う。
 熱は逃げ道を探すかのように、喉元へと駆けていく。錆びた釘の臭い。
「がぁっ」
 驚く程の血液が、口から飛び出した。バケツ一杯分はある。《おしまいだ》と思ったが、まだ一ケタ分の生命力が余っているらしい。両足が、震えながら、身体を支えている。顕になったピンク色の腹の肉が、痙攣している。首を上げると、無表情のウサギがじっと狙いを定めている。靄の中で角は血にどっぷりと濡れて、ますます三角コーンに似てきた。憎いのか。悲しいのか。可笑しいのか。半ばヤケになって、俺はそれへと突っ込む。
「ああああああ!」
 身体が嘘のように軽い。角が迫る。三角コーン。避けろ! 避けろ! 避けた! いけ! 斬り裂け!
 鈍い感触。夏休みのスイカ割りのような、あの叩き割るような感触。少し間を置いて、ピキピキ、ピキピキと、脳の周囲の何本もの骨が、同時に剥がれていく音が鳴る。それから、ウサギは絶命した。
『タカヒロは8の経験値と10のマネーを手に入れた!』
 五月蝿い!
 くそっ! くそがっ!
 俺はフリーターで、毎日が暇で無駄でしょうがなかった。食って、寝て、バイトして、ただ息をしていた。コンビニ通いの毎日だ。苦痛すら無い。これ以下が無い底辺だった。だから、いっそのことと、こんなゲームの先行モニターへと逃げ込んだんだ。ドリームステーション38。特別に設置された後頭部まで覆うメットを付ける。すると脳の神経へと針が食い込み、視覚、聴覚はもちろん、味、臭い、触覚に至るまでバーチャルを現実に錯覚させる最新コンピュータゲームとなる。囚われた王女を救いにくるのだ、勇者よ!
 だが、駄目だ。耐えられない。タカヒロには耐えられても、隆弘には耐えられない。これからどれだけの痛さ、熱さ、冷たさ、苦しさを通らなければならないのだ。それに痛い。痛い。
「θληδιν!」
 傷口がうごめき、肉が巻き戻される。体中に血が循環していく。魔法。戦闘後の回復魔法。
 阿呆みたいな習慣は、容易く無くすことなど出来ず、俺はこうして、また生き延びた。ああ。いっそのこと、死んでしまえばよかったのに。死んでしまえば…… 死にたい。これ以上、生きたくない。生きたくない。いや、もう生きていないんだ。俺は。

   * * *

 こうして俺は毒の沼地へと入ることになった。南国のように、けばけばしく濃い青紫が、却って本物よりも毒々しい。なるほど、ここならきっかりと終れそうだ。うん、指の先から痺れてきた。身体の熱が奪われていく。流血で急速に失われるのとは違い、とても緩やかだ。少しずつ。少しずつ。緩やかだが、終りが無い。底抜けの水風呂に漬かっているみたいだ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。嫌だ。いや。駄目だ。死ぬんだ。死ぬんだ。死ね。死んだ。

 * * *

「おおタカヒロよ! 死んでしまうとは情けない! そなたにもう一度チャンスをあげよう!」
「うそだろ…… おい。なんだよ! これってなんだよ!」
 タカヒロは、教会の神父へと《話す》を選んだ。
「ここは生きとし生けるもの全てが集う教会です。何か御用ですか?」
「ふざけるな!」
 タカヒロは、教会の神父へと《話す》を選んだ。
「ここは生きとし生けるもの全てが集う教会です。何か御用ですか?」
 タカヒロは、空へと顔を上げた。
「くそっ! 誰かっ! 誰か! こんなでたらめなゲーム、終らせてくれ! 終らせて……」
 タカヒロは、天へと《話す》を選んだ。
『そこには誰もいません。対象のキャラクタを明確にして、《話す》を実行してください』
エンガワ
2011年06月10日(金) 06時11分05秒 公開
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■作者からのメッセージ
また骨董品を掘り出してきました。
これは何だろうなぁ。駄目って感じですよね。うーん、微妙。どうなんだろう。
挫折する為に、投稿しました。敗北するために走りました。
気軽に何でも足跡を残してくれると嬉しいです。

この作品の感想をお寄せください。
No.11  エンガワ  評価:0点  ■2011-07-13 18:42  ID:8pkUppVU0os
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ありがとうございます。
ドラゴンクエストとかゲームを知らないと、ワケワカメでした。作品内でのフォローも少なく、読むのに戸惑いを感じさせてしまいました。勢いだけで書いてはいけません。反省。

感情、感じてくれましたか。嬉しいです。とっても嬉しいです。
No.10  楠山歳幸  評価:30点  ■2011-07-10 01:35  ID:sTN9Yl0gdCk
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 読ませていただきました。

 ゲームはしないのでぜんぜんわかりませんが、短い中に人の感情と無機質さが出ていて、うまいなあ、と思いました。
 オチもゲームらしい?機械への絶望感みたいな感じで良かったです。

 失礼しました。
No.9  エンガワ  評価:--点  ■2011-06-25 16:19  ID:IS6Q0TStVxc
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わぁ、どうもです。
楽しかったですか。楽しんでくださって、幸せです。報われる。
そうですね。クリアに向かう根性が無い主人公でした。町人Aで終わりそうな。似たような話で凄いやつ、沢山ありますよね。何となく書いてしまいました。反省。ご指摘を受けて、話をもっと広げられたかなと思いましたです。
No.8  ウィル  評価:20点  ■2011-06-23 00:54  ID:yqFASJqAhJQ
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拝読しました。
けっこう楽しく読めました。

ちなみに、似たような作品で、死んでも現実に戻れないのなら、エンディングを目指すしかないという結論になったような。でも、オンラインゲームにはエンディングがないからそれも無理ですねー
No.7  エンガワ  評価:--点  ■2011-06-17 01:00  ID:IS6Q0TStVxc
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>おさん
あー。前半はとにかくテンポと戦いの迫力を増すことだけを、考えていた気がします。「ブラック」「ユーモア」「悲壮さ」どれも足りてません。とにかく楽しく自分が書ければいいや、と強く思っていた頃の文章なので、魅せ方とかは意識してませんでした。多分、他人の目を想定していなかったのだろうなぁ、と改めて思います。書く前の段階から、もうちょっと何とかしないといけなかったと、改めて感じました。構成の一つ一つの機能をもっと意識して書こうかな。素敵なアドバイスをありがとうございました。

>桜井隆弘さん
ども、隆弘さん。タカヒロ繋がりですか。ああ、何か不思議なご縁がありますね。文章を書き始めた初期の頃のものなので恥ずかしいです。でも、新しい文章を書けるほど、乗ってこない。ジレンマの末、少し改稿して投稿してみました。

アクションシーンや死への逃避、絶望感など、伝わって嬉しいです。ありがたや、ありがたや。
オチは弱かったです。もっとインパクトのあるものを、どーんと提示できれば。オチは何度か指摘されてる大弱点なので、もっと綿密に着地点を決めて、書き進めればと思いましたです。ありがたい感想、ありがとうございます。
No.6  桜井隆弘  評価:20点  ■2011-06-16 22:08  ID:Cl3md6xndOI
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読んでまず感じたことは、
なんか人の名前をやたら呼んで、漢字まで同じなので感想書かないといけない気分にさせられました。

骨董品なのですね。
あえて整形前の恥部を露出するような、エンガワさんの勇気に敬服いたします。

アクションシーンを疾走感を交えながら文章にするのは難しいことだと思いますが、ディテールにこだわった情景描写、主人公の高揚感を取り入れた表現は興味深かったです。
安易に死のうとする逃避感や、虚空へと話す絶望感も伝わってきました。
なんですかねー、「ゼルダの伝説」でオカリナ吹いても鳥が来ない感じですよね?
「ドラクエ」なら、先にレベル上げ過ぎてボスが弱かったあっけなさ感かなー。

オチが迷われたそうですが、僕もインパクトがもう少し欲しかった気がします。
RPGによるオチを追求するか、そうでなければ「ドリステ38」をもっと生かす手なんかもアリじゃないですかね。
No.5  お  評価:30点  ■2011-06-15 19:45  ID:E6J2.hBM/gE
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どもです。
別に道徳を説くような話しでもないし、因果を巡らせるような話しでもないはす。理由のない厄災であり、そう言う意味でブラックなユーモアなんだろうなぁと思いながら、うーん、「ブラック」さと「ユーモア」が足りないのかなぁ。理不尽さから言っても、前段、もっともっとぎちぎちに追い込んでいった方が良かったんじゃないかなぁとか。どうも、悲壮さに欠ける。だから死の際にもやっと死ねるという安堵の同調が感じられない。ゆえに、ラストのオチが引き立たない。ま、ドラクエっぽい終わり方はありがちだけど嫌いじゃないです。見せる=魅せるという意識があまり感じなかったなぁていうのが、無責任な読者のわがままな感想です。
No.4  エンガワ  評価:--点  ■2011-06-13 19:07  ID:IS6Q0TStVxc
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はじめまして。ありがとうございます。

救いようの無さ。逃げ場のない虚しさ。そういうものが伝わってくれたら、嬉しいです。
題材は使い古されてますね。何所かに新味がないと、いけないのかな、と思いました。

最後の部分、足したり、引いたり、いじったり。色々しているうちにこんな感じになりました。この短さで、一人称から三人称になっちゃたり、焦点がぶれましたです。

そうっすね。何か積極的に挫折しようと思いました。何も出来ない状態が一番つらい。小説の新作を書けない状態が続いていたのですが、恥ずかしくも過去の作品と、対面していこうと思いましたです。
No.3  ゆうすけ  評価:20点  ■2011-06-12 08:47  ID:KDK/MQZX1DE
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拝読させていただきました。

近未来体感型ゲームを舞台に、逃げ場のない虚しさを描いていますね。
直接脳で感じるゲーム、面白い題材ですがありがちなので使い方が難しいですよね。死ぬほどの痛みを感じたら実際にも発狂しそうですし。

現実世界からの逃避、そしてそこにでも挫折。世の中に適応できず、サイバースペースでもうまくいかない、救いようのない現実がこの話の主題ですね。痛烈な切なさがあります。
最終部分の会話が成立しない所、必要だったのかな?と思いました。主題をもっと強調してそこで終わった方がよかったように思えました。

「挫折するため」
私は、停滞するなら挫折する方がいいと思いますよ。立ち止まっているよりも、歩きだして転んで痛みを感じた方がいいはずです。戦わないより、戦って敗北した方がいいです。
No.2  エンガワ  評価:--点  ■2011-06-10 19:06  ID:IS6Q0TStVxc
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ありがとうございます。ありがとうございます。もう一度。ありがとうございます。
目を通してもらって、コメントまで頂き、楽しいとまで言って頂き、凄い嬉しいです。
逃げまくりですね。何か、説明不足になってるかもしれません。刹那的にモラトリアム的に生きている主人公って感じです。
最後に逃げられない感じを、出したかったのですが、どうやら失敗したようです。あう。
No.1  凶  評価:20点  ■2011-06-10 09:40  ID:H5kn4nBA6qA
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 はんじめまして読ませていただきました。
 軽くさらっと読めて楽しかったです。
 質問ですが、ゲームの中に逃げ込んで、死を望むというのは、現実世界に戻りたいということですよね?僕の読解力が足りなくて、死に場所を求めてゲームの世界に行ったのかなと思いましたがゲームの中で死んだら現実に戻ってくるから違いますよね。
 
 日常という現実から逃げて、ゲームの中という現実からも逃げ、次はどこに逃げるのでしょうと想像します。夢の中へ逃げて眠れる森の美女でしょうか。

 
総レス数 11  合計 140

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