誘い
 街を包むのは、翠緑を透かして差す、純化された温かな陽差し。きらきらと、街である森の樹々の葉が風に揺られるたび木漏れ日を揺らす。さわと抜け行く風。穏やかな午後。
 ラクサの街は、バルミル大陸の南東に広がる広大な森の隅に森と一体としてあり、巨大神聖樹ボルサを中心とし、樹々や森の生物たちと共に生きる人々が暮らしている。
 家々は、盛衰を共にするよう樹々に寄り添い建てられる。地上二メートルほどの高床式で、面積狭く、高層で、樹木の形状にあわせて曲がりくねっているのが特徴とされる。地面は舗装されることなく、縦横無尽に張り巡らされた、板張りの空中回廊が家々を繋ぎ、人々が行き交う生活道路となっている。
 メルヴィリア食料品店は、街の中心から少し離れた、樹齢百余年のタラレリの大樹に寄り添って建てられた、街でも最も古い建物の一つである。
「なぁ、兄さん」
 旅人風のラフな格好をした髭面の男が、マグカップに注がれたクリームと砂糖たっぷりのたっぷり入った褐色の飲み物を啜りながら、地上二十メートルの窓から街を見渡す。
「オレが悪者で、あんたを騙そうと考えれば、粗悪品をつかませて、いくらでもぼろ儲けできるんだぜ」
 作業机でペンを走らせるのは、蒼白い顔をした痩身の青年、店の店主であるラフィア・ウォル。そろばんを弾きながら、眉間に皺を寄せ、帳面を睨み付けている。この店の収支は決して悪くない。渋面の理由は、単に計算事が嫌いなのだ。
 むすっとしたまま、
「恩に着ろとでも?」
 ぱたんと帳面を閉じる。終わったと言うよりは、諦めたらしい。
「そうじゃねぇよ。あんたも、ちょっとは目利きの――」
「そういうことは、君に任せるよ」
 面倒臭そうに話しを遮る。
「いや、だからよ……」
 髭面の男――旅商人のダルクは、がたいの良い肩をすくめて、案外板に付いた溜息を吐いた。まぁ、自分がこの人を裏切ることは金輪際あり得ない。恩人だ。この人を騙すくらいなら自分が飢えて死ぬ。けれど――、
「オレの仕入れが滞ることだってないわけじゃないんだぜ」
 旅に危険は付きものだ。事故や病気、思わぬ天災に巻き込まれることもある。さらに、ここ数年、魔界の勢力均衡が崩れ、それに乗じた下級魔族が人界に侵食し、魑魅魍魎が跋扈し始めている。旅のリスクは、増すばかりだ。
「旅の安全を、ファリル~に祈るとしよう」
 まるで気にする様子もなく、おどけて西野方角に手を合わせてみせる。
 やれやれ。信頼して貰っているのはありがたいがね。ダルクは本気で心配している。ダルクからの仕入れが滞れば、余所から買い入れざるを得ない。その場合に、必ずしも善良な業者ばかりではないのだから。
「心配しなくても、ウチには言い値で買い上げてくれる上得意がいるから大丈夫だ」
「あぁ、あの姉ちゃんか」
 ダルクは、滞在中に一度は眼にする、身なりの良い若い女を思い浮かべた。飛び抜けた美人ではあるが、高圧的で、人を見下すことになれた眼差しや話しぶりには、いささか辟易させられる。確かに、あの女ならどんな値段でも買っていきそうだ。
「何者なんだい、やたら羽振りが良いみたいだけど、王都のお嬢様かなんかかい」
「それは、内緒だ」
「水臭ぇな」
「世の中には知らない方が良いこともあるんだよ」
「そうかい、そうかい」
 鐘が鳴る。
「何の鐘だ。日没には早すぎるだろう」
「待て」
 ラフィアがじっと聞耳を立てる。
 鐘の音が続く。慌ただしく、荒々しく。
「ウォンブリック鐘曲」
「なんだと、まさか」
 普段、冷徹なほど冷静なラフィアが、その表情に驚きを表すのは珍しい。それほどに、奇異で、それでいて危険なことを知らせる鐘の音。ダルクが動揺するのも無理もないほどの。
 ウォンブリック鐘曲――、この街を建設した偉大な先人のうちの一人であり、街造りを提案し設計した天才を称される賢者ウォンブリック。この曲は、ある危険を知らせるために創られた。
「ガヌーの回遊周期からすれば、十日は先のはずだろう」
「予想では、十二日後の予定だった」
「それが、なぜ」
「分からん。分からんが……、ともかく、地表に置いてる物はないな。支柱をたたんで梯子を上げろ」
「分かった」
 ダルクが下層へ下りる階段を駆ける。
 なぜ、オレが他人の家の梯子を上げに走らねばならんのだという疑問を抱きながら。
 鐘の音がいっそう激しく打ち鳴らされる。
 遠くから聞こえる物音。地面を伝い、樹々を振るわせ、人の心を怖じけさせる。激しい地響き。
「来たぞ」
 作業を終えたダルクが、窓から外を覗き込んで叫ぶ。
 それは、巨大な四足動物の群。森に積もった枯れ葉や土を舞い上げ、低く響く鳴き声を発しながら、全速力で森を駆け抜けていく。
「壮観、といよりは、怖じけを震わされるな。あんなもんに巻き込まれた、一巻の終いだぜ」
 なぜ彼らが、森に逗留せず、一気に駆け抜けていくのか、その理由は解明されていない。ただ、彼らの周回ルート上にこの森があり、彼らなりに通らざるを得ない理由と、この森に留まらざる理由があるのだろう。彼らは、森がもっとも狭まったところを一直線に五日ほど掛けて駆け抜ける。街は、その入り口に位置していた。
「やれやれ、行ったらしいな」
 支柱にしがみついていたダルクが、安堵の息を吐く。
「しかし、良く平気な顔で座ってられるな」
 ラフィアは、作業机に座ったまま動じることもない。
「慣れだ」
 何ごともないように言うが、この街の人間といえど、祈るような気持ちでヤツらが通り過ぎるのを待つのが普通だ。百頭からなる群のうちの十頭ほどでも自分の家のある樹にぶつかってきたら……。考えるだに怖ろしい。
「しかし、なんだって今頃……」
 ダルクが首をひねって見るも、むろん、まともな回答など得られるはずもなかった。
 ガヌーの群の気配が完全に消えた後、ガヌーに踏みつけられ荒廃した地面を均し、振動によって破損した設備の補修を、街を挙げて行う。ラフィアとダルクもそれに参加する。
 空中回廊への登り口の修復を手伝っていると、その傍で、何かを探してる幼い兄妹を見つける。泣きながら地面に積もる落ち葉をほじくり返す妹と、兄が慰めているようだ。小さな物を落としてしまったなら、よほど運が良くないかぎり、見つけ出すことは困難だろう。この街に住む大人なら、誰でも早々に諦めるところだろうが、子供はなかなかそうはいかない。
「ガヌーが持って行ったんだよ」
 妹が言った。
「もう無理だよ」
 兄が言った。
 妹は諦めきれない様子だったが、兄の説得が効を奏したのか、泣き顔を噛みしめて、こくりと頷いた。
 夜。
 街の外れ。森の奥への入り口。ガヌーの去っていた方角。
 ガヌーについて人々に知られているのは、必ずしもノンストップで走り続け森を抜けるわけではなく、わずかな時間、身を休める場所がいくつかあるということだ。
 だから、少年はそこにいる。
 手に、子供でも振るえる細身の剣を持って。悲壮なまでに覚悟のこもった眼差しで。全力で駆ける。月だけが照らす、夜闇に包まれた森を。
 人影を見かけ、少年は息を呑む。
 見知った顔だと知って、ほっと安堵する。
「どうして、ここに」
「それは、こっちのセリフだろうな」
 ラフィアは、咎め立てるふうでもなく、少年を見詰める。
「勇気と無謀は違うものだし、リスクの大きさを秤に掛ければ、君がどうすべきは明らかだ」
「でも……、なにかしてやりたい。何かしてやらないと、僕の気が済まないんだ」
「大事なことは何か、もう一度考えてみたらどうだ」
 少年は俯き、しばらく考え込んでいたようだが、納得したのか、顔を上げる。
「分かった」
「傍にいてやれ。それが君の最善だ」
 ラフィアは、少年の頭を撫でてやる。
「あんたは、どうするんだ。こんな夜中に、どこへ行こうっていうだ」
「パーティの招待を受けたのでね。気乗りはしないのだが、行かないわけにもいかないようでね」
「パーティ、だって?」
「大人の事情ってヤツさ」
 ラフィアは、くれぐれも気をつけて帰れと念を押し、自分は、呑気に夜の森の奥への歩いていった。
 焦る必要のないことを、ラフィアは知っていた。ガヌーは動かない。自分が到着するまでは。
 小一時間ほど歩いたろうか。森の鬱蒼と茂る樹々が創る闇が、そこで晴れる。小さな泉。その周りに黒々と蠢く肉の絨毯。百頭もの大型草食獣が、狭いところにひしめき合う。
「捜し物はこれかな」
 気配もなく、正面に立つ人影。影というのがまったく相応しい、黒い男。黒い礼装に、黒い肌の顔。穏やかな口調とは裏腹に眼光鋭く、一分の隙もない。
 その手に揺れるのは、小さな、使い古され薄汚れた人形。ある少女が、死んでしまった母に作ってもらった唯一の思い出の品。少女の兄が、危険を顧みず探そうとしたもの。
 しかしラフィアは、
「いや、探していたのは、あんただ」
 内心の動揺を隠して、無理にも呑気に言い返す。
「やはり、見えていたか」
 影の男は嬉しそうに微笑む。無論、眼光の鋭さは変わらない。むしろ、射すくめるように輝きを増す。
「僕を呼んだだろう」
「察しが良いな。話しが早くて、助かる」
「魔の眷属が、僕に何のようだ。魔力の素養を持ち合わせない出来損ないの騎士崩れに」
 男は、不敵な笑みを漏らす。
 動いた気配は感じられなかった。そのはずなのに、男は、ラフィアのすぐ側に立ち、ある言葉をささやいた。
「まさか」
 驚愕するラフィアの視界に、男の不敵な笑み。
「ラフィア、伏せろ」
 声は上空から聞こえた。聞き慣れた声。かつて傍に仕えた主。可憐な少女の声音は、有無を言わせず相手を従わせる威厳に満ちていた。
 その声と共に放たれる、
「ファイアボール!」
 柑橘類の果実ほどの炎の塊が、空から降り注ぐ。
「なんて無茶をするんだ」
 ラフィアは身を捻って降り注ぐ火球を避ける。影の男は、逃げ切れなかったのか、逃げなかったのか、その攻撃の最中に立ち尽くしていた。
 不思議なのは、ガヌーの群がまったく騒ぎ出さなかったことだ。本来臆病な彼らが、これだけのことに何の反応も示さないとは。
「案ずるな、魔法で眠らせている」
 当然といえば、当然のことなのだが、魔法を使えない者には、盲点でもある。
「セフィア、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ、なぜ、オマエがここにいる」
 どこかで聞いた遣り取りに、セフィアは苦笑する。
「微量な魔力の発動を、魔導師が検知したのだ」
 セフィアが、先に説明する。
 で、と促され、ラフィアが肩をすくませる。その理由を知る者に有無を言わさぬ先制攻撃を見舞ったのは君だろう。
 しかし、影の男はあれだけの攻撃だったのにも関わらず、傷一つ、黒い礼装に汚れ一つ被ることなく、何ごともなかったかのように立っていた。
「魔の眷属が、元聖騎士見習いに接触して、何を企むか」
 事実としては、ラフィアは聖騎士見習いになどなったことはない。彼女がそう思いこんでいるだけだ。現国王の第三王女にして、聖騎士団の千人隊長。聖闘女セフィア・ローズス。わがままで思い込みの激しい彼女が、無理矢理にラフィアを聖騎士団に入れようとしていたことは、当時の王宮では有名だった。
 始めから、魔力の素養などなかった。ただ、剣の腕は立った。ある事情で、王家でもなければ貴族でもないのに、王宮の中で育てられた。あれやこれやの紆余曲折の果てに、結果として近衛師団に入れられたが、長続きしなかった。早々に騎士を辞め、今は食料品やの店主である。これが、分に相応だと思っている。
 それはともかく。
「邪魔が入ったようだ。預り物は、後日、届けに行くとしよう」
 という言葉を遺して、男は忽然と消えた。
 取り囲む騎士団に動揺が走る。結界を張っていたのだ。魔の眷属が逃げられるはずがない。
「説明、してくれるんだろうな」
 怒り心頭、眉間に欠陥を浮き立たせて、セフィアが迫る。ラフィアには、肩をすくませるしかなかった。
 数日後、人語を話す烏に誘われて、ラフィアは街外れの泉にいる。ガヌーの群がいないから別の場所のように見えるが、同じあの場所である。
「あんたは何者で、僕に何をさせたい」
 ラフィアは、あの時と同じ笑みを浮かべる黒い男を前に、詰問する。こうしてこの男の前に立っていると、なぜか、背中に冷たい汗が流れる。
「私のことは、このあいだ言ったはずだが」
「魔族か」
「その通り」
 魔の眷属とは違う、正真正銘の魔族。その言葉が本当なら大事だ。魔族と接触した人間はごくわずか。歴史上に数人しかいない。それも卓越した魔導師が苦心に苦心を重ね壮大な術式を用いてどうにか呼び出し、魂と引き替えに、わずかながらの力を得る。せいぜい、それだけのことにすぎなかった。魔族の方から人間に接触してくることなど、歴史上かつて聞いたこともない。魔の眷属を使い人間を誘惑し堕落させることはあっても、魔族自身が自ら望んで人間に直接干渉することはなりえないとされてた。
「僕に魔力の素養はない。それははっきりしている」
 ラフィアは苦い過去の記憶から断言する。彼とて、聖騎士に入りたくないわけではなかった。何より、期待を掛けてくれる主を裏切りたくはなかった。
「人間の魔力など」
 男は冷酷な薄い嗤いを浮かべる。
「魔に仕えるものであれ、~に仕えるものであれ、いずれかの低級な眷属を滅ぼすのがせいぜいだろう。我々は天使の軍団そのものと闘っている。人間の魔導師など取る足らぬ者に興味はない」
 そのとき、合図の閃光が夜空を瞬間照らす。
 気を取られた男の隙を突き、ラフィアは打ち合わせ通り、待避する。
 間髪入れず降り注ぐ火球。この間とは、威力も数も違う。まさに集中砲火だ。
 そこへ魔法剣を構えた聖騎士団が突入する。先日の遣り取りから、相手を上級眷属と認識した上での、総力戦である。
 しかし――
「例えばだ――」
 男は、何ごともなかったかのように、この間の時と同じく、聖騎士団の総攻撃を受けた後も、わずかな動揺も表情に浮かべず、息も上げず、平然と、そこに立っていた。足元には、数十人もの騎士が倒れ伏している。
「いくらこの者たちが人類の中で秀でた魔力の持ち主であろうと、そもそも人間の使う魔法に力を貸しているのは、天使や魔族。そのわずかに裂いた力に、そのものと同等の力を持つ者を倒せるはずがないだろう」
 男の手は、一人の聖騎士の両手を掴み、高く掲げられていた。
「セフィア!」
 男は、意識のないセフィアを近くの大樹に押しつけ、宙空から生じさせた杭を、掲げた両手に打ち付ける。
 声にならない悲鳴を上げるセフィア。
 覚醒と昏睡を繰り返し、痛みに我を失う。
「よせ、止めろ」
 倒れた聖騎士から剣を一振り借りて、ラフィアは構える。剣の腕だけならラフィアは聖騎士をも上回る。しかし、魔力を持ち剣技に長けた聖騎士数十人がかなわぬものを、ラフィア一人がどうにかできるとは思えなかった。絶望的な情況で、ラフィアは、不思議と平常でいられることに気付いた。破れかぶれといえばそれまでだが、選択肢がない以上、狼狽えても仕方がない。
 ラフィアは剣を高く掲げ、男に斬りかかる。
 男は、宙空から取り出した細身の剣で、羅フィラの斬撃をいなす。
 余裕の笑み。魔力は使わずに、なぶり殺すつもりか。
 いったん距離を取り、左右に身体を揺さぶるトリッキーな動きから、横薙ぎの一閃を放つ。予想していたのか、男は、わずかな差で身を躱す。そこへさらに身体ごと相手の懐に滑りこみ、小さな姿勢から剣を突き出す。
 わずかな手応え。
 躱し損ねた男の脇腹を剣がかすめる。人間で言うところの血液らしきものが、切っ先に付着する。どろどろとし腐臭を放つ、それは屍肉のただれたような不吉そのものだった。
「それだよ、私が君を欲するのは」
 男は、愉快げに大きな笑い声を立てる。
「自覚しているのかね、この世でわずかといえども魔族を傷つけることのできる人間は、かつて一人もいなかった。上級眷属でさえ、魔族や天使を傷つけることはかなわない。魔力をもって闘う者には不可能なのだ。だが君は、魔力を一切行使できぬ身で、君自身の力で、あえて言えば君の意志の力で魔族を傷つけたのだ。そのことの意味は、果てしなく大きい。君らには、まだ理解できまいがな」
 ラフィアには、男の言わんとすることを理解することはできなかった。ほんのわずか傷を付けただけの話しだ。それも、全力を込めた攻撃で。しかも、だ。仮に、相手が剣で相手をせず、先のように魔力をわずか解放すれば、ラフィアなど一瞬で塵と化していただろう。賞賛される理由がまるで思いつかない。
「何の用かと問うたな。スカウトに来たのだよ、君を。私の僕になれ。僕と言っても人界にいる狂信者のような下種なものではない。常に私に付き従い、私の命を直接聞き、私と共に活動するのだよ」
「何を……」
 ラフィアは混乱し言葉を失う。これが混乱せずにいられようか。
「無限の生命を得られる。私手ずから創った魔道具を授けよう。それによって、天使の攻撃にも耐えられるようになる。むろん、人界のどんな存在も、お前の足元にも及ばなくなる。悪い話しではないだろう」
 森の方から近づくのが、馬の蹄が地を駆ける音と気付くのに、しばし掛かった。
「ラフィア、受け取れ」
 ダルクが、ラフィアに向け、巨大な鋼の塊を放り投げる。
 かつてラフィアが使っていた剣。騎士時代に多くの下級眷属を狩ってきた。魔力を持たないラフィアが唯一使える魔剣。
「ドラゴンスレイヤーか、面白い。そんなものがまだ残っていたとはな」
 魔族が、さらに愉快げに口元を歪める。
 王宮の隅に封じられていた魔剣を、ダルクを介してある老術者に開封して貰っていたのだ。あまり良い思い出のある剣ではないし、できれば使いたくはなかった。しかし、今は……。これを持ってしても、勝てる気がしない。いや、勝てるわけがない。
 それでも――、
 ラフィアは抜いた鞘を捨てる。背水の陣。戻れなくてもかまわない。セフィアだけは助ける。
「おおおおーー」
 もはや戦術も戦法も何もない。闇雲に突っ込み、勢いで斬りつける。そもそも小細工を利かせる剣ではない。意志の力をぶつける剣だ。
 余裕を持って見下していた魔族の表情が変わる。ラフィアの剣を防ごうと掲げられた、魔族の剣は、ラフィアの全精力を込めた斬撃によって寸断される。
「まさか」
 魔族の表情に驚愕が走る。
 ラフィアの剣が、魔族を正面から斬りつける。今度こそ、確かな手応え。斬った。間違いなく、致命傷のはずだ。
 全ての力を出し切り、立っていることさえ覚束ないラフィアが、振り向き、魔族の男を見る。もし、これで倒せなければ、もう、なすすべはない。
 だが、
「期待以上だ。ますます気に入ったぞ」
 魔族は、斬られた上体を両側から手で挟み込み、二三度こすりつける。と、傷は全て消え、元通り、男はそこに変わらぬ不敵な笑みを浮かべ立っていた。
 終わりだ、ラフィアは思った。自身の死は良い。しかし、セフィアは助けたかった。
「その意思の力に免じて、女は解放しよう。そして、今日のところは、お前も。一度に言っても理解できまいし、抵抗もあろう。まぁ、焦ることはない。時間はいくらでもある。じっくり教え込むとしよう」
 そう言って、魔族が姿を消す。
 どさりと物音がし、セフィアが樹の根本に昏睡する。手にもどこにも傷は残っていない。完全に回復していた。しかし、聖騎士たちは蘇らなかった。そこまでは面倒見切れぬということだろう。彼は、あくまで魔族なのだ。
 助かったのか。
 茫然とするラフィアは、セフィアを抱え、身動ぎ一つできずにいた。
「忘れ物だ」
 彼をここまで導いた烏が舞い降り、何かをラフィアの元に落とした。小さな薄汚れた人形だった。
「預り物は返した。また、会おう」
 そう言って、烏は飛び去っていった。
2011年04月06日(水) 22時44分20秒 公開
■この作品の著作権はおさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
なんだかんだで、やけくそっぽい。
これだけ感情移入できなくて、区切りのところまで辿り着いたのは初めてかも。
反省がない。何もない。微妙に楽しくもない。
うーん。
楽しもう。

この作品の感想をお寄せください。
No.11  お  評価:--点  ■2011-06-15 20:37  ID:E6J2.hBM/gE
PASS 編集 削除
今さら、大変遅くなりましたがレスです。うん、すっかり感想は終わったものだと思っていた。いやはや。

>エンガワさん
あぁ、エンガワの握りが食いたい。
そんなことで、どうもです。
ありがちっすねー。ていうか、まぁ、短く収めるには奇抜なことをしないのが間違いないだろうと思ったところもあったような気もしないでもないわけで。まぁ、ほとんどどんな気分で書いてたかもう覚えちゃいませんが。
もっとスゴい! てのを書いてみたいものですね。


>しんじさん
どもども。
テーマかぁ。あんまりテーマとか考えて書いたことないですねぇ。こう、そういうのを大上段に構えてっていうのが苦手なんですなぁ。うーん、今度中編書く時にはちょっと意識してみようかなぁ。


>licoさん
おー、おひさしさんです。といって、こんなに時間経ってたらむしろ気付いて貰えないか。どうも、すぃーやせん。
まぁ、ありがちな典型としては、そこそこ体裁が取れていたということなのでしょうかねぇ。ならばよいのですが。これは、正直言うとHALさんワールドの雰囲気に近づけようと書いたものですが、まぁ、見事に玉砕でした。どうも、体質にあわないぞっと。そんなことで、続きはないっす。

でわでわ。
No.10  lico  評価:30点  ■2011-05-04 18:07  ID:dYdaXkyotak
PASS 編集 削除
 ちょっと離れていましたが、久しぶりにおさんの作品を読ませていただきました。遅まきながら。どうせ気づいてくださらないんだろうな、とか思いつつ(笑)。

 やけくそ、でコレかぁ。悔しいです。皆さん仰っているように、長い物語のプロローグ、という感じで、これひとつだとやっぱり物足りない気がするのですが、ファンタジーが苦手な私でも、あっという間に引きこまれてわくわくしちゃうような、とにかくめちゃくちゃ巧いです。そして面白い。魔族カッコいい。この続きを書かなかったら、それってあまりにひどいです。でもきっと、おさんのことだから書かれないのでしょうね。楽しくない、とか仰っているし。残念です。

 難点については、皆さんとまったく同じで、参考になるようなことは何ひとつ言えず、本当に申し訳ないです。用語は少し気になりましたかね。マグカップで「ん?」と思って、ファイヤーボールでガクッときて、あと、トリッキーにもちょっと唸りました。典型的とか王道とか、もしかしたらそうなのかも知れないけれど、そのへんは私はまったく気になりませんでした。まあ、ファンタジーから縁遠い私の言うことですので。

 何をお伝えしたかったかといえば、「面白かったです、ぜひ続きを!」と、これに尽きます。無益なコメントで失礼いたしました。
No.9  しんじ  評価:30点  ■2011-05-03 17:41  ID:dJ/dE12Tc8A
PASS 編集 削除
読みましたので感想です。
だいたいみなさんと同じ意見ですねえ。
うまいです。面白いです。そして、典型的だと思いました。おそらく、この作品については、本人も自覚されておられるのでしょう。

あとは技術論ではなくて、作品のテーマとか核というか、人の心を動かすような熱いものが必要なのかなあと思いました。まあ、おさんのほかのを読んでないので分からないのですが。

ということで、今後も執筆がんばってください。
No.8  エンガワ  評価:30点  ■2011-04-20 19:53  ID:IS6Q0TStVxc
PASS 編集 削除
最近のライトノベルには余り詳しくないので、ちょと門外漢の発言です。

少し誤字はあるけれど、戦闘のテンポや設定の出し方は、とても上手いと思います。
突然の展開も独りよがりに感じずに、むしろスピード感をもって「これが剣と魔法のファンタジーかぁ」と自然に納得できました。
エンタメとして手堅く纏まっている気がします。謎は残りますが、長編の冒頭なんでしょうか。

ですが、うーん、何となくノッテナイ感じがするんです。
王道というか、ありがちな話とありがちな設定で。その辺は実にわかり易いのですが、インパクトに欠けるというか。
上手いと思うのです。けど面白いとは少し距離があるかのような。(それが何なのか自分でも良くわかりません)
この筆力ならもっと凄いお話も書ける気がするんですが……
No.7  お  評価:--点  ■2011-04-17 22:32  ID:E6J2.hBM/gE
PASS 編集 削除
返信です。

>永本さん
まぁ、なんというか、魔が差しました。まさしく、魔が。ベタファンタジーはどちらからというと避けて通ってきた道なんですが。ただまぁ、そうは言いつつも原風景的な部分もなくはなく。やろうと思いたったものの、書きながらこっぱずかしくなってきて、あー、と思いながら、なんとか、区切りまで辿り着いたという感じだったわけですが。
うーん。まぁ、何かに生きてくればいいなぁと思わなくもない、今日この頃です。


>ひるーのさん
まぁ、次はなんとか、もう少しまともなものを考えております。はい。


>楠山さん
やーどうも。今回はまことにもって申し訳ないっす。


>zooeyさん
ファイヤーボール!
↑手抜きの最たるものです。次回、次回に、なんとか挽回を!


>ゆうすけさん
あぁ、めっちゃ後ろ向きでした。すんません。長編書くのに素っ転んで、巻き返しきれないので、短くて適当なのを撒き散らしてみました。この辺で収めます。すみません。


>水風さん
はじめまして。ゆうりんさん? なのかな。ゆうれいさん?
可愛らしい名前ですねぇと言って男性ならごめんなさい。
まぁ、そんなことはともかく。
次は、ちゃんとするので、次! なんとか!
No.6  水風悠鈴  評価:40点  ■2011-04-13 13:52  ID:3hGoM8am5wA
PASS 編集 削除
 読みました。

 すごいです。戦闘シーンが詳しく書かれていてもっと読みたいって思います。世界感も詳しいです。
 ただ、いきなり夜になると少し戸惑ってしまいます。それに、少し描写が足りないところもありました。

 少しまだ続くようなのでこのくらいかな、と思います。

No.5  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-04-11 18:44  ID:1SHiiT1PETY
PASS 編集 削除
おお! 近年まれにみる前作からの早い投稿ですね。こういう前向きな姿勢はいい刺激になります。私も執筆頑張ろうと思います。

前作の濃厚和風ファンタジーから一変、正統派ファンタジーラノベ風味といった感じでしょうか。すらすらと楽しく読めました。
こういった異世界ものは難しいですよね。しっかりとした世界観、描写を示さないと安っぽくなってしまうし、さりとて描写過多だとテンポが悪くなってしまうし。ファンタジーや歴史ものを書く人は、本当に大変だと思いますよ。私はファンタジーと歴史が好きなのに書けませんからね。リアリティを出すのが難しいですからね。特に短編でおさめるのは至難の技だと思います。
ファイヤーボールなど、魔法の設定もそうですよね。その語句があるだけだと、どうしても大雑把な印象になってしまいます。
どうせならラノベに特化して、キャラクターの印象を強化するべきかと思いました。ラフィアとセフィア、回想シーン等をいれて過去の色恋沙汰などを書いて感情移入できるようにしてはどうでしょうか? もっと面白くなりそうなキャラに感じました。魔族にしても、お茶目な一面があるとか変なこだわりがあるとか。
楽しく書く、それは素晴らしいことだと思いますよ。
No.4  zooey  評価:30点  ■2011-04-11 02:10  ID:qEFXZgFwvsc
PASS 編集 削除
読ませていただきました。
すごいですね。文章力が半端ない。
冒頭から流れるような描写で、引き込まれました。
戦闘シーンも迫力がありました。
漫画ではこういう戦闘シーンの迫力を絵や効果音で表すところを、
きちんと文章で表現なさってるのが、すごいなぁと思いました。

全体の印象としては、オモシロいファンタジーコミックの第一巻を読んだような、そんな感じでした。

ので、続きが読みたいです。本当に、すごく。

あと、書き手にとっても読み手にとってもオモシロいところだけを部分的に書かれているような印象でした。
メンドクサイ設定や途中経過はとりあえず省いてますよね。
でも、そういうものが省かれてても、十分面白いと思えるので、
逆に言えば、それが描きこまれれば、相当な満足感のある作品になるんでは? とか思います。

ただ、こういう作品って、どんどんどんどん続きが作れちゃうから、
どの辺で着地させるのか、難しいし、かなりの長さになりますよね^_^;

ラストはメッチャかっこいいですね。

点数は、完成してないから、一応このくらいでって感じです。

何度も書きましたが、面白かったです。
No.3  楠山歳幸  評価:30点  ■2011-04-10 15:20  ID:sTN9Yl0gdCk
PASS 編集 削除

 拝読しました。

 うーん……。
 やっぱりかっこいいです。
 僕はゲームのようなほなにゃら大陸のなになに国という設定は苦手なのですが、おさんレーベルということで読み始め、やはり文章というか、独特の世界が良くてリアル感もあり、良かったです。
 些細なことですが、少し難を言わせていただくと、場面が変わる所で突然夜になったところでしょうか。

 拙い感想、失礼しました。
No.2  昼野  評価:30点  ■2011-04-09 22:28  ID:MQ824/6NYgc
PASS 編集 削除
読ませていただきました。

世界観は魅力的なんですが、ちょっと話が駆け足すぎるかなーという印象です。もうちょっと描写を多くしてほしかったかなーと。
メッセージ欄に「感情移入できなかった」とあるんで、そのせいですかね。
地力はさすが、といった感じでした。
No.1  永本  評価:30点  ■2011-04-09 02:35  ID:483QYl/fbbk
PASS 編集 削除
異世界に魔法に魔族、設定・プロットに関して言えば昔からあるような感じで典型的で既視感を感じてしまいましたが、文章力は水準以上の物で読ませる書き方をしているので良かったです。

少し辛口になってしまうのですが、こういったファンタジー物を書くのならばもっと長くした方が良いと単純に思いました。この作品の欠点としてまず一つに短い中に情報を詰め込みすぎているというのがあります。本来ならばこの作品は原稿用紙300枚程度を使い完成させるべきだと思うのですが、短編にしていることによってそれぞれのワードが置いてけぼりになってしまっているし、短編でそういったことを説明しなければいけないので、「物語」に「語らせる」のではなく、「作者」の言語に「語らせている」ので物語にのめり込むことが出来ず、少なくとも私とこの作品の間には距離が出来てしまいました。こういったファンタジー物の一つの基本のセオリー(セオリーとは言っても鉄の掟のようなものではなく、最大公約数のようなものなのですが)として情報量の多さで読者を圧倒するというのがありますが、それは長編だから許されることだと私は思っています。短編でこんなに作中情報をバンバンと出されると正直混乱してしまい、物語よりそちらに目がいってしまいます。
そしてもう一つは場面がコロコロと変わり過ぎているのと、展開があまりにも唐突すぎるのでポカンとなってしまい物語に全くのめりこめないというのがあります。何というのでしょうか「起承転結」ではなく「起起起結」のような感じがしました。この二つが重なり物語があらぬ方向へと舵を取り始め、あらぬ加速をしていると感じてしまいました。仮にこの作品が長編のプロローグのようなものだとしても急ぎ足すぎるのでは、と感じました。適切な速度を保ち物語を進めていくことにより、より良い作品になると思いました。

そして一番惜しいなと思ったのが山場のラフィアと魔族によるバトルシーンなのですが、もっと細かく描いて欲しかったなーというのが正直な感想です。本当に惜しいなと。もっと描写することによってより迫力が増し、二人の鼓動のようなものが聞こえてきたと思います。力を込めてかいらっしゃるのでしょうが、それ以上にもっと力を込めて本当に120%くらいの力を出すつもりで描くとこの山場はもっと盛り上がり、活き活きとしたものになり、読んでいる人の頭の中で上手く動くのだけどなーと思ったりしました。

今度は是非おさんの長編を読みたいです。これだけの水準の文章力をもっているのですから長編にすることによって素晴らしく読み応えのある作品が完成すると思います。

長々とそして生意気なことを言って申し訳ないです。
これからもよろしくお願いします。
総レス数 11  合計 280

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除