暗転
 ふと気づくと、おれは沈黙の中にいた。
 それはよく見慣れた街角で、シャッターの目立つ寂れた商店街で、だけどそれだけのものじゃなかった。それは沈んだ色合いで、重苦しい空気で、おれのほか誰一人としていないその空間の存在そのものが、おれを圧倒していた。
 おれはあえいだ。あえいだのだと思う。とにかく何か、おれの身体のどこかが、その空気に逆らってわずかに反応した。
 そのとたん、すべては逃走へ、逃走のための動きへと変わった。おれは一歩を踏み出し、その一歩が次の一歩をうながし、それはまたたく間に街角から逃げ出す動きとなって、おれの全力がその動きへ注がれ、おれはただ逃げ出すことだけを祈って、走った。
 力の限り走った、そのはずがどうだろう。すべてはおれの前に、いまだに相変わらずの無表情でもってたたずみ、何も語らずに多くの絶望を語り、迫り、押しつぶし引きちぎり、おれはバラバラになって悲鳴をあげ、そのバラバラになったおれのかけらは街角であるそこに内包され、すべてが均一となってもはや沈黙以外には何も存在せず、語られるべきこともなく、それを見るものとてないはずのそこにやはりおれはいて、そしておれはあえぎ、いやおそらくはあえぎ、おれの身体のどこかがわずかに反応しすべては逃走のための動きへ変わったはずがおれのまえに街角はあり絶望が迫り押しつぶし引きちぎりおれはバラバラになって悲鳴をあげかけらとなったおれを内包する街角をおれは見て圧倒され……


 気づくと、おれはベッドの中にいた。そこは闇の中で、ふとんの柔らかな重みと、隣で寝る妻のぬくもりが伝わってきた。ここはあそこではなかった。
 そうだ。あのとき、あの場所はどこにも、いっときだって存在しやしなかった。
 おれは救いを感じて息を吐いた。そうとも、息を吐いた、その動作は確実におれのものであり、おれの意志のなすものだった。
 ここはあそこではない。
 いいや、そうじゃない。おれの中の、ずいぶん小さくなってしまったがたしかにおれの中にある何かが言った。
 あそこはおれの中にある。いつでも、どこにいても。けれど同時に、確信を持って言えるのは、ここはあそこと同じにはならないということだ。そう、そのはずだ。
「ありがとう」
 誰に言うでもなくつぶやいたおれは、やがてくる朝のために、そっと目を閉じた。
伝屋
http://www.creatorscamp.com/index.html
2011年03月26日(土) 01時04分09秒 公開
■この作品の著作権は伝屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
そのとき、その場所にいたのが自分でなかったこと、
それをこの非情な世界に感謝する卑怯な自分を呪いつつ、
被災した方々へ、祈りを込めて。

この作品の感想をお寄せください。
No.7  伝屋  評価:--点  ■2011-04-02 19:29  ID:twF8.viieRI
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作者レスです。

本来ならばレスをいただいた方々にそれぞれ返信を書くべきなのでしょうが、思うところあってまとめての返信とさせていいただきます。申し訳ありません。

私は九州在住で、ざっくりと言えば今回の震災は他人事です。それでも心の中にひっかかる、なにか居心地の悪い感じを形にしようとして今作ができました。
この作品を通して何でもいい、何かを感じてもらえたらというのが私の願いであり、これほど多くの方からレスをいただけたことで、何か救われたような気がいたします。
作者メッセージの繰り返しになりますが、被災した方々が、一日も早く安寧を取り戻せますように。それでは、また。
No.6  水川 朝子  評価:40点  ■2011-04-01 20:27  ID:u3lyy/5P.xY
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はじめまして。読ませていただきました。

伝屋様のお話を読み、自分の中でなにかを書きたいという衝動に押され、感想を書かせていただきました。今でもニューズで次々と放送される恐ろしい映像や情報に慌て怯えたのを覚えています。喘いでも、逃げても、追いかけてくるそんな恐怖がじんじんと伝わってきました。遠くで何もできないそんな自分の無力さを思い知らされる日々です。伝屋様が苦しみながら、この作品を書かれたのがかんじられるようでした。
少しでも被災者の方たちが明るい日々を取り戻せるよう私も祈りたいと思います。
No.5  楠山歳幸  評価:30点  ■2011-03-28 22:05  ID:sTN9Yl0gdCk
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 ご無事でなによりです。
 拝読しました。

 殴り書きのような、剥き出しの気持ちを感じました。
 伝屋様の悲痛な気持ちが伝わりました。

 月並みな言葉で恐縮ですが、被災した方々の復興を祈りたく思います。
 失礼しました。
 
No.4  OZ  評価:0点  ■2011-03-27 20:27  ID:4MvGQJq3VCA
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伝屋様

ご無事でなによりです。片桐様のご指摘にもありますが、
評価はつけづらいので、無評価とさせていただきます。
本作を読んで驚きました。過去の作品と異なり、語り手の
心情描写があまりに露骨だからです。
その分作者様のご葛藤がうかがわれました。
No.3  としお  評価:30点  ■2011-03-27 16:07  ID:kWriX7DAQx.
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伝屋様へ

読ませて頂きました。
まず、『ことのは』において、最近大変お世話になっており、感謝申し上げます。
そして、伝屋様がご無事であった事、心より喜ばせていただきます。

夢を、見られたのでしょうか?
いえ、あの津波は映像で見ても、心が凍る光景でした。ましてあれを被災した人の心には、一生の傷が残ったのかもしれません。
そして、夢と言うものは、当然自身が見ているものであり……押しつぶされようが流されようが、見続けている限り消えるはずも無く……その、夢見中の混乱の様が、強く文より伝わってまいりました。
被災者の冥福を祈りたく思います。
それでは。
No.2  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-03-26 15:16  ID:KDK/MQZX1DE
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拝読させていただきました。

圧迫されるような恐怖感、逃げ出したくなる恐怖感、全てが無駄であるような恐怖感、見事に描かれていると思います。

震災の時、私は千葉県市原市のコンビナートにいてコスモの爆発を目撃しました。周囲がオレンジ色に輝き、そして圧力を全身で感じる爆音、割れる窓ガラス、恐怖にかられて逃げたのを思い出します。

ここで馴染みの名前を見付けるたびに安堵しています。ああ、伝屋さんも健在だ、よかった。

次回作をお待ちしております。ではまた。
No.1  片桐秀和  評価:20点  ■2011-03-26 11:31  ID:n6zPrmhGsPg
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読ませてもらいました。
僕が(被災者ではない僕が)感想つけていいのかなとも思ったのですが、それでも読んだ以上はということで、ささやかな感想をば。
僕も阪神大震災の激しい揺れは経験していて、しばらく目を瞑っただけでも、不安や恐怖感が蘇りました。神戸の方なら、悪夢として見ることも多かったのではないかと想像します。この作品からそんな当時の自分を呼び起こされました。
作品の出来のみとして語るなら、まだ練り不足な気はします。しかし一方、今という時だから書かれた作品と考えるなら、改めて今回の災害がいかに多くの人の心に傷を残しただという事実に圧倒される思いがします。

点数は付けづらいというか、あまり関係ないようにも思うのですが、あえてこの作品を今回の災害と切り離してつけます。

これからのご健筆を祈って。では。
総レス数 7  合計 150

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