音音と音音と音音音さんのために |
深夜、下校路の途中にある橋の上で俺はもう姿を見ることが無いだろうと思っていた人形を見た。 「大丈夫?」 人形は言った。俺は記憶を確かめる。この人形には音無音音音(おとなし ねねね)という人の魂が宿っていてポルターガイストの原理を利用して動いている。 「大丈夫です。いたって健康です」 俺は力の無い声でそう答えた。 「そう、ならいいんだけど」 人形、いや、俺は音音音さんと呼んでいたっけ。音音音さんはそう言った。笑っていた。 「音音と音音が泣きながらいろいろと説明してくるから、何がなんだか分からなかったけれど、とにかく無事でよかったわ」 音音は『おとね』と読み、音音は『ねおん』と読む。どちらも人の名前で、つい最近俺の義理の妹になった双子だ。そして音音音さんは音音と音音の実の母親で、数年前自殺し、今こうして人形に魂を宿し二人の成人を見守っている。 他にもいろいろなことが頭の中をめぐった。記憶に異常は無い。橋の下からは水の流れる音が聞こえる。聴覚はまともだ。唇を噛み切って血の味を確かめる。味覚も問題ない。視界は曇りひとつなく肌を縫うように吹く風が認識できるということから触覚が異常なく機能していることも分かる。嗅覚を確かめるものがあいにくとなかったが、俺が生きていることは確かだ。でも、心は死んでいた。 「ねえ佐藤君」 「僕は佐藤じゃありません」 「どうして?」 「いろいろあって、僕は、佐藤陽太郎は亡くなりました」 「そう、大変なことがあったのね」 「そうですね、音音音さんの娘さんたちのために、音音と音音のためにいろいろとがんばりました。正直あの時は自分をかっこいいと思いました。でも……」 「でも?」 「なんだか今、凄く悲しいんですよね」 音音音さんは音音と音音から聞いているだろう。俺は死ぬ間際「ひとつだけお願いがあるんだ。一日の終わりに、その日にあったことを俺の人形に話してあげてほしいんだ。そして安心させてあげてほしいんだ」と言った。だから俺が音音と音音の自殺をやめさせるために、死がどういうものか教えるために、音音と音音より先に学校の屋上から飛び降りて、そして死んだことも知っているはずだ。それなのに音音音さんは……笑っていた。 「ねえ佐藤君」 「僕は佐藤じゃありません。佐藤は死にました」 「それじゃあ死人さん。お話があります」 「何ですか?」 「音音と音音が成人したら、成仏するってこの前話したわよね」 「ええ、しましたね」 「その話なんだけど、なかったことにしてもらえないかな?」 俺は答えない。 「あのね、好きな人ができたの」 俺は答えない。 「音音と音音の血のつながったお父さんは、別に私のことが好きだったわけじゃないし、私もその人が好きじゃなかったわ」 俺は答えない。 「でもね、佐藤君は音音と音音を愛しているし、私のことも愛してる」 「僕は佐藤じゃありません」 「そうだったわね。それじゃあ死人さん?」 「なんですか?」 「音音と音音のことをこれからも守ってくれる?」 「はい」 「それから、私のことも愛してくれる?」 「はい」 「これからも音音と音音と私のために生きてくれる?」 「はい」 「佐藤君?」 「僕は佐藤じゃありません」 「そうだったわね。それじゃあ死人さん?」 「何ですか?」 「音音と音音を一回守ってくれた御礼に、私からプレゼントがあります」 俺は答えない。 「名前をあげるわ。あなたの名前は、佐藤陽太郎」 「ええ、僕の名前は佐藤陽太郎です」 音音音さんは楽しそうに笑った。こんな笑顔初めてだ。 俺は家に帰るために音音音さんを抱きかかえる。 「ねえ佐藤君?」 「何ですか?」 「音音と音音のために……生きる覚悟はある?」 「死ぬ覚悟ならさっき決めましたけれど、生きる覚悟がこんなに難しいなんて思いませんでした。正直、生きる覚悟はありません。でも……」 「でも?」 「いえ、何でもありません」 「そう」 気がついたら俺は泣いていた。学校の屋上から飛び降りたのに生きている不思議とか、音音と音音の無事とか、死への恐怖とか、生きる覚悟だとか、いろいろな感情が混ざって泣いていた。 何より、音音音さんの優しさに泣いていた。 |
秋山陽太郎
2011年02月23日(水) 23時43分19秒 公開 ■この作品の著作権は秋山陽太郎さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 | |||||
---|---|---|---|---|---|
No.2 秋山陽太郎 評価:--点 ■2011-02-24 17:09 ID:R/MD8E9Yuew | |||||
最後のコメントからコメントさせていただきます。非常に参考になりました。正直なところキャラクターの年齢なんて関係ないと思っていました。ローゼンメイデンの人形たち、あいつら何歳? とかそういう突込みがないから「いける、いけるぞ!」とか思っていましたが一発目で突っ込まれてしましたね。ちなみに幽霊が死んでから年をとらないとしたら音音音さんの年齢は17歳です、設定上は。完成したら年齢の謎が明かされるのでそのときはお願いします。 他にも「死がどういうものか教えるために、音音と音音より先に学校の屋上から飛び降りて」の部分を回想させるのはいいのですがやっぱり実際にあってから回想したほうがいいですね。 なにより、おさん(おっさn……いや、なんでもない)のコメントで「完成させよう」と言う気力がわいてきました。ありがとうございます。 失礼します。 |
|||||
No.1 お 評価:20点 ■2011-02-24 02:56 ID:E6J2.hBM/gE | |||||
ちわ。 えーと、こちらも完成品ではないですねぇ。と、コメント欄にも書いてあった。ということで、わかりにくいというよりは、分かりません。これで分かれという方が無理っぽいかなーとか。 音音音さんがどれだけ可愛いか……、これだけじゃ、なーんも分かりません。背景も何も分からない、二人の娘を置いて自殺しちゃった母親を可愛いと思えと言われても……。設定上、そこそこのお年ですよねぇ? うーん。難しい。 「死がどういうものか教えるために、音音と音音より先に学校の屋上から飛び降りて」という下りも、個人的には共感しがたいなぁ。 文章に関してはこなれた感じですねぇ。すらすら読めました。とくに印象に残るような文章じゃないけども、けっして邪魔にならない文章。ラノベ的には必須なのでしょうね。 あまり参考にならなくて申し訳ないです。 でわ。 |
|||||
総レス数 2 合計 20点 |
E-Mail(任意) | |
メッセージ | |
評価(必須) | 削除用パス Cookie |