時の女神 |
「あなたは生まれ変わるときがきたのです」 「うまれかわる?」 紗緒の前には白い服を着た肌の綺麗な女性。そして彼女は紗緒に話しかけてきている。 「あなたはもうすぐこの世を去り、新しい自分としてやっていくことになるのです」 「でも、私はまだ死にたくない! たくさんの友達だっているし、別れるのは辛いから」 妙に冷静な返事が出来る自分に戸惑っている自分がいた。 「死ぬのではないの。生まれ変わるの」 「なにをわけのわからないことを…。生まれ変わったら何もかもイチからやり始めるんだから、死んだも同然じゃない!」 「そうね。でももしかしたら今の世の中にあなたが記憶をすりかえられた新しい生身の人間として生活することだってできるかもしれないし、もしかしたら100年先を生きるかもしれない」 「何が言いたいの?」 「いずれわかるわ。そしてそのときが来たらあなたは一つだけ願いを言えばかなえられる。でもそれは1ヶ月間だけの猶予。もし何も言わなかったら、あなたは消滅するわ」 「一ヶ月…」 「考えなさい。悩みなさい。そしてまた私を呼んで」 そして眩しい光に包まれていく女性の眩しさに目をかすめ、気づいたら朝になっていた。 ベッドに寝転がったまま、携帯を覗いた。メールはメールマガジンだけで、友達からは来ていなかった。紗緒は半身起き上がり、窓を覗いた。近所の屋根には霜がふっていること以外は何も変わらない一日が始まっていた。 「昨日の人は一体」 冷たいフローリングの床に足をつけた。ふと勉強机に目をやると見覚えのない鈴が。しかしそれが何なのかすぐにわかった。猫の首輪についていそうな小さな鈴。その隣には砂時計があった。白い砂が確実に落ちていっていた。 「これを鳴らせば、私の人生は終わるのか」 鳴らさないようにするためにも、そっと引き出しのなかにしまっておくことにした。 「おはよう」 学校にはたくさんの仲間がいた。今まで何も気にしていなかったが、なんだかんだ幸せな生活をしていることに気がついた。そんな日からおさらばする日はそう遠くないことも心のどこかで信じてしまっていた。 「紗緒! どうした?」 友達の千華や妃夜、わっちゃんが集まってきた。しゃべっても信じてくれないだろうし、話したら面倒くさくなりそうなので、なんでもないと弁解した。 「もう授業じゃん。あたし教科書ロッカーだよ!」 「紗緒なにしてんのー」 紗緒は急いでロッカーに教科書を取りに行った。その6つ離れたロッカーをあさっているのは、孝輔だった。 「またお前もか!」 「それはこっちのせりふだよ」 この二人はロッカーに教科書を授業前に取りに行く常習犯だ。 「次なんの授業?」 「ばかか、お前は! そんなんもわからんであさってたんかよ」 「そういう頭なんじゃ! あ、現代文か」 毎朝のようにくだらないやりとりをする。ある意味日課となっていた。現代文の教科書をロッカーから取り出した。分厚い教科書に何が書いてあるのか知らないけど、著者の顔を落書きしたことだけは憶えている。 「ほらー遅いぞー」 現代文の先生は呆れた顔でふたりのことを待っていた。白髪まじりのおじさん先生。顔の骨格はいいが、前より痩せたような気もする。先生はふたりが席に着くのを見届けると、ふう、とため息を小さくつき、黒板に作品名などを書き始め授業が始まった。 「えー、この作品は戦後の…」 先生が説明しているのを聞き流しながら、今日の夢について考えていた。少なくともあと一ヶ月後にはこの世には私の体で生活することはできない。いや、もう一ヶ月ない。まず、あの話が本当なのか。もし本当だとしたら、私はどうしたらいいのか。そしてなぜ私だったのか。なぜ彼女は生まれ変わるときに記憶を私に残す選択肢を与えたのか。なぜ願いを叶えるなどと言ったのか。すべては謎だった。 「わかんないな」 「紗緒、なんか思いつめてんのね。朝っぱらからずっとよ」 久しぶりに屋上でお昼ごはんを一緒に食べる妃夜や千華、わっちゃん。屋上には寒空のせいか、紗緒たち以外誰もいなかった。 「んー、変な夢を見てね。どうも怪しい夢なわけよ。でも100%嘘だとは言い切れない夢なの」 「なんだそりゃ」 千華がエビフライを加えて言った。そんな千華を見たあとに、わっちゃんが、 「どんな夢なの?」 と聞いてきた。紗緒は忠実に話した。ここまで鮮明に覚えている夢はもしかしたら初めてかもしれない。いまここで夢をみているかのように話をした。謎の女性と、起きた後勉強机の上にあった鈴。すべてを話した。話したはいいが、信じてもらえるかどうか。 「以上です。本当です」 「一ヶ月…!?」 妃夜はこめかみの辺りをさすった。やっぱり信じがたい話だったようだ。もちろん、紗緒だって信じきっているわけでもない。しかしもしこれが本当だったらということを考えたとき、紗緒はとても怖くなった。今、初めて怖さをおぼえた。一瞬で闇に突き落とされた気分だった。 「信じられないよ」 「私だって。当の本人だけど、信じ切れないよ」 紙パックのオレンジジュースをストローで飲んでいるわっちゃん。 「ねえ、何がしたい? 何かずっとしてみたかったことある? 今しか出来ないようなこと」 「そうだな」 頬をつねってみたり、おでこをかいてみたりした。やりたいことといえば…。 「楽しい生活がしたい。普通より、もうワンランク上の生活がしたい」 「プリクラもとろうよ!」 「いいね! あ、今度ケーキ焼いてくる!」 「チョコレートでよろしく! じゃあ、デジカメも持ってくるよ。みんなで撮ろうよ!」 「で、いいの? 紗緒」 3人は紗緒の顔を覗き込んだ。紗緒は微笑みながら、 「特別なものはいらない。普通に楽しめればそれでいい」 納得したようにみんな頷いた。それからまた授業に戻った。一日が終わり、また次の日がきた。ケーキを持ってきてくれた千華やデジカメを持ってきてくだらないたくさんの写真を撮って笑ったり、放課後には駅の近くのゲームセンターでプリクラを撮ったりした。充実した日々が過ぎていったが、もちろん砂時計はテンポを乱さず落ちていっていた。 残り10日をきった頃だっただろうか。紗緒は怖い夢をみた。底のない暗くて何も見えない闇に突き落とされ、ものすごいスピードで急降下していく夢だった。誰もいない、大きな闇の穴に落ちていった。何か右のわき腹に飛んできた何かがあたり、そのまま吹き飛ばされ、目が覚めた。 「はあ、なんなの」 すごい汗をかき、パジャマは濡れてしまっていた。今日は学校が休みだったので、もうお昼を回った時間に起きてしまったが、支障はなかった。もうそろそろなのか、と大きな恐怖が紗緒を襲った。深く深呼吸して、水を一杯飲もうと起き上がった。そのとき、携帯電話に着信があった。ゆっくり携帯をとってあけてみると、千華だった。電話にでてみると、とても慌てているようだった。 「どうしたの?」 「大変なの。孝輔が…」 「あいつに何かあったの?」 「原因不明の高熱が出たんだって! 体温が上がり続けて、このままだと…」 「今どこにいるの?」 「病院にいる。詳しい地図はメールに添付するから」 千華は電話を切り、そのあとすぐにメールが来た。わりと近いところにあることが判明し、自転車にのって急いで病院に向かうことにした。約10分で病院に着き、孝輔のいる病室へと急いだ。 白いドアをスライドさせると、たくさんのクラスメートが20人は集まっていた。中には泣いている子もいた。 「どうなの? 孝輔の具合は」 「さっきよりは落ち着いてきたけど、依然として意識は戻ってないそうよ」 「意識ないのか」 紗緒は孝輔の顔の傍にしゃがみこみ、孝輔にエールを送ろうとした。 「がんばって、孝輔」 この言葉しかいえなかった。自分が無力でならなかった。紗緒は病室を後にし、病院の外のベンチに座った。空は冬晴れ。雲ひとつない晴天だった。空がとても高く感じた。冷たい風が少し吹いていた。 そんな時、紗緒はあの女性のことを思い出していた。 『あなたは一つだけ願いを言えばかなえられるわ』 この言葉が脳裏を駆け巡った。もし私があの鈴を鳴らせば、孝輔は間違いなく助かる。でもその代わり私は消える。 紗緒はあと少しの命なのだから、この命をささげてもいいと思った。でも、命とはそんな簡単な仕組みのものなのだろうか。私はいま、孝輔のために消滅を選んでいいのだろうか。それは孝輔のためになるのだろうか。 「孝輔、どうしたらいいの…」 熱い涙は紗緒の頬をつたっていた。 よるになっても彼女の言葉を思い出してしまう。いや、余計に思い出してしまうのかもしれない。深夜0時をすぎても眠りにつけないし、テレビやラジオを聴く気にもなれない。 「どうすれば…」 一晩中考え込んだ。カーテンをあけて外を見てみた。さっきより空が明るくなってきている。ふと、孝輔のところに行きたくなった。孝輔のところに行けば、何かわかるかもしれない。根拠なく、そう確信した。 灯りを消して、ミリタリーコートに腕を通し、自転車にまたがった。急いで病院に向かった。本当はいけないが、たまたま開いていた関係者以外立ち入り禁止のドアから病院内へ進入した。きっとあの女性があけておいてくれたに違いないと、心の中で思った。 「孝輔の病室、ここだ」 さっきより重く感じたドア。その先には目を閉じたままの孝輔。額を触れば、体温計など必要ないくらいの熱を感じた。孝輔をみて、紗緒はうなずいた。口を押さえて、声を殺して、泣いた。その涙は孝輔の頬にも落ちた。10分間ずっと泣き続けた。やがて病室の窓からも太陽が確認され始めた頃には、もう紗緒のすがたはなくなっていた。 チリーン、チリーンと高い鈴の音が孝輔の耳に入った。雨が降り注ぐ暗い闇に立つ孝輔。高い鈴の音だけが聞こえてくる。その音のほうに進んでみると、そこには紗緒がたっていた。白い絹を身に纏った紗緒だった。 「なにしてるの?」 そう聞いても紗緒は答えなかった。紗緒は孝輔の近くにより、左手をつかみ、その手のひらの中に何かをいれた。ぎゅっとにぎりしめると、紗緒は孝輔をみて微笑み、白い光に包まれていった。その眩しさに目をかすめ、気がつくと太陽が完全に顔をだしていた。 「おれ、生きている?」 不思議な気分だった。そして何か握り締めている感覚のある左手をあけてみると、そこには小さな鈴があった。紗緒が最後に手渡したものだとすぐにわかった。 「なんで紗緒は夢の中にいたんだろう」 それからみんなが病室にやってきて、お祝いをされた。そしてみんなが帰った後、千華と妃夜とわっちゃんだけ、孝輔の前から帰らなかった。 「どうした?」 「ひとつ、いいたい事があって」 妃夜は鈴を指差した。 「あれ、どうしたの?」 「信じてもらえないと思うけど…」 「紗緒からもらったんじゃない?」 わっちゃんは言った。 「なんでそのことを…」 「紗緒が死んだの。いや、消えたの」 「消えた?」 千華は孝輔に紗緒のことを話した。すべて、なにひとつもれのないように。 「そんな…。じゃあ、紗緒はおれのために願いをかなえた…」 「そういうこと。ただ、それを言いたかったの。でも、紗緒はあと少しで消えてしまう運命だったのだから、きっといい選択だったと…思う」 千華は大粒の涙を流しながら、病室を去った。わっちゃんは千華に付き添って、一緒に出て行った。 「紗緒からメールがあった。ありがとうって。それですべてを察したよ」 孝輔は顔を下に向けた。 「薄い意識だったからはっきりわからないけど、その夢を見る前、紗緒がここにきた。泣いていた」 妃夜も病室から出て行った。こらえきれなくなった涙を病室の外で流した。 孝輔も大声で泣いた。 |
綾
2011年01月31日(月) 23時08分22秒 公開 ■この作品の著作権は綾さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 みーたん 評価:20点 ■2011-02-04 07:45 ID:636zmfN5EOo | |||||
初めまして、です。 最初の紗緒と謎の女のシーンで引き込まれました。 一方的で、私はああいうの好きです。理不尽なこと、大好きです。 全体的にテンポがよく、スラスラと読んでしまいました。楽しかったです。 さて。孝輔の原因不明の病気。 これは一体全体どうしてなったのか。神の悪戯? 謎の女の悪戯? なんにせよ、何も書かれていないのでご都合主義として捉えてしまいました。テンポがいいだけに残念です。 それに、紗緒以外の描写が少なかった気がします。あれなら一人称でいいんじゃねえか? と思えます。 とまあ気になった部分はありますが、楽しませていただきました。紗緒さんの未来、勝手に妄想させていただきます。 |
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No.1 クロ 評価:40点 ■2011-02-01 20:44 ID:UArH7IFKfkk | |||||
ちょっと悲しいストーリーですね。 主人公はその後どう生まれ変わったのか、主人公の消えた世界はどのように動いたのか、気になることがいくつか残りました。 全体としてはテンポが良く、せっかちな自分にはとても読みやすかったです。 ですがもう少し掘り下げた描写があると、もっと作品を深くできるのではないでしょうか。 若輩者の意見で申し訳ありません。楽しく読ませていただきました。 |
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総レス数 2 合計 60点 |
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