実はそれが正しい関係

 斉藤美貴は、大切なものをふたつ失った。


 ぽつんと、佇んでいた。そこには、かつて美貴の家があった。美貴の家は金持だったので、敷地が随分と広かった。立派な一軒家だった。
 しかし、いまはなにもない。軽い爆心地あとのようになっている。それが、失った大切なもののひとつ。
 そしてもうひとつは。
 きぃ、と門が開く音がする。
 振り返ると、そこにはとある動物を彷彿させる少女がいた。頭に何重も帽子をかぶっている。
 宇佐見御凪。
 とある動物みたいな名前をしている少女である。
 友達だと思っていた。確かにそう思っていたのだ。
「申し訳ございませんでした!」
 いきよいよく頭を下げた。
 美貴はそれを無視して、少女の頭に何重にもなって被さっている帽子をむいていく。謝罪なんて、そんなものをされても面白くとも何ともない。一枚、二枚、三枚……そして、最後の一枚をゆっくりはぎ取ると、ぽぽぽぽーんと、ウサミミが飛び出て来た。
「……半信半疑だったけど」
 もちろん、付けものではない。もふもふ感たっぷりの本物の耳である。
 ウサミミをひっつけた少女は、下げていた面をゆっくり上げた。
「見ての通りでございます。宇佐見はあいたたたぁあ!」
 見ての通り何なのか。訊くより先に、とりあえず両方まとめて掴んで引っ張ってみると、悲鳴が上がった。人類にこんな耳が生えてる筈もない。人類でないということは、宇宙人なのだろう。この家をふっとばして現れたUFOちっくなものを見ていたから、納得しやすい。
「宇佐見は大変痛いです! おやめください!」
「お前が宇宙人だっていうのは分かったわ」
「無視! しかしご納得いただけて恐悦至極でございます! ついでにその手を離していただければ、宇佐見は飛んで喜びます!」
「生身で月まで飛んで行けないのなら、離さないわ」
「か弱い宇佐見には無理でございます!」
 涙を滲ませて訴える。こんど宇宙船で連れて行ってもらおう、と思いながら手を離す。
「さてウナギ」
「この耳をご覧になっても相も変わらずウナギ呼ばわりなのですね……」
 何をいっているのやら。美貴にとってウナギはウナギである。うさみみなぎを略してウナギ。ウナギ以上にぴったりの呼び名など存在しないし、ウナギ以外の動物に分類などしようがない。他にどんな呼び名があるのか教えてほしいぐらいだ。
 ともかく、聞きたいことはまだまだたくさんある。
「なんで宇宙人のあなたが地球に来て、わたしの同級生として普通に高校通っていたのかしら。教えなければ、あなたも人類になれるわ」
「もしや宇佐見のプリティーな耳をちょんぎる心づもりで!?」
「ばかね。引きちぎるのよ。……あら、おかしいわ。これじゃあ、ウナギから人間へとランクアップしちゃうわね。ご褒美になるじゃない」
「一から十まで、つるっとまるっとお教えいたしますとも!」
 慄きから落ちつくためか、宇佐見はこほんと咳して一拍入れる。
「この宇佐見、もとより隠しだてするつもりはございません。故郷の星より、無理を言ってひとりここに居を移しておりますのはもちろん訳がございます」
「つまらない理由じゃないことを祈るわ。留学とか視察とかほざいたら、かば焼きにするわよ」
「もちろん違います! 理由の面白さは折り紙つきでございます。さてさて、宇佐見の星には、相性診断機というものがございます。完全無欠に人との相性を計れる機械でございます。宇佐見達はそれを一人につき人生で一度きりしか使えません。診断機で生涯の伴侶を選ぶのが最も一般的な使用用途ですが……しかし宇佐見はそれを『宇宙一気の合う人』という条件で診断いたしました。そこで見事該当しましたのが、美貴なのです! そう。宇佐見は美貴と会うためにはるばる何億光年のかなたよりここに訪れたのです!」
 どうです、とばかりに宇佐見は両腕を広げる。花咲かんばかりの満面の笑みだ。
 美貴は、それに一言。
「呼び捨てるな馴れ馴れしい」
 嫌悪感丸出しで顔をしかめ、さらには地面に唾を吐くジェスチャー付きだ。
 ウナギはたじりと後ずさり。
「あ、あれ? う、宇佐見と美貴は友達でございましょう……?」
「ウナギが何を言ってるのかしら。さばくわよ」
「せめてしばく程度にとどめてくださいませ!」
「ウナギ。友達だなんて、寝言は冬眠か永眠してから言いなさい。あんたさっき私の言うことを聞くって言ったわよね。下僕にさせてくださいって泣いて頼んだわよね。だから、呼び方は美貴さま。み・き・さ・ま。ほら、いってみないさい」
「美貴さま! 宇佐見にそんな記憶はございませんが!」
 おや、と首を傾げる。美貴の思い違いだったろうか。
 それでも、ちゃんということを聞く辺りがウナギのかわいいところだ。
「あの菫の砂糖漬けのように甘くて美しい友情はいまどこへ!? 思い出してくださいませ。高校に入ってからこれまでのささやかながらも美しい日々を!」
「それは逮捕されたわ。美しすぎる罪で逮捕するっていって、おまわりさんが空のかなたに連れて行ったのをさっき見たもの」
「美しすぎて、何が悪いんでございましょう!? この宇佐見、母船に乗って追いかけて、いますぐ取り戻してみせますとも!」
 母船。
 そう。その母船こそが全ての元凶である。
「わたしの家をふっとばした母船」
「う゛」
 失言、とばかりに表情をひきつらせる。
「里帰りするウナギを迎えに来た。ウナギの両親が。酔っぱらって。うっかり出現させる座標軸を間違って。うちと重なって出現して。結果。うちを跡形もなく爆散させた。あの母船」
「あ、あれはうちの両親も決して悪気があったわけでは」
「知ってるかしら。交通事故って、飲酒の時のほうが罪が重いのよ」
「もちろん補償は致しま」
「そんな当たり前のことを恩着せがましく言わないでちょうだい」
「申し訳ございません……」
 ウサミミをしおらせ、しゅんとうなだれる。そんなウナギに、美貴はなんとなく初めて会った時のことを思い出していた。



 だいたい一年前、高校入学の初日。
 頭に帽子を何個も重ねた少女が、美貴の左隣の級友だった。
「こんにちは。斉藤美貴よ」
「こんにちは、宇佐見御凪と申します」
 美貴はへえ、と声を漏らす。
「とある動物みたいな名前ね。あなたのイメージにぴったりだわ」
「そうでございましょう」
 動物みたいな名前をした少女が、にこやかに笑った。
「宇佐見のことは、ぜひともお気軽にウサギともウサミミとでもお好きにお呼びになっ」
「よろしくね、ウナギ」
「宇佐見はそんなニュルっとしておりませんよ!?」
 いじめがいのありそうなこだなぁ、と。
 実はそんなことを初対面の時から思っていた。



「まあ、いいわ」
「ほんとうでございますか!」
 ウナギのウサミミがぴんと立つ。
「家がなくなっちゃったから、とりあえずウナギのところに住むわね。ウナギ。あんたはしばらくわたしの奴れげふんげふんペットよ」
「うう、奴隷とペットのどちらがマシかは分かりませんが……もちろん、宇佐見に拒める道理はございません。ございませんが……くじけそうではございます」
「負けるな、ウナギ」
「そう思いますなら、せめて手心くださいませ……そういえば、美貴さまのご両親はどうされたので?」
「あなたの両親と意気投合して宇宙のかなたに飛んでいったわ」
「宇佐見は聞いておりませんよ!?」
 驚愕の新事実を知ったウナギの反応にくすくすと笑う。
 家と親友。大切なものを失ったその後。
 斉藤美貴は、奴隷もといペットを一匹手に入れた。
とりさと
2011年08月21日(日) 21時51分12秒 公開
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■作者からのメッセージ
即興三語小説 ―第100回― 三桁の大台。浮気と不倫は同義らしい より

▲必須お題:「負けるな」「美しすぎて、何が悪い」「最後の一枚」
▲縛り:100回記念で、縛りはありません
▲任意お題:「美しすぎる罪で逮捕する」「菫の砂糖漬け」「木下闇」「ぽぽぽぽーん」「鼻からうどんを垂らす根性なし」


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