風の便り |
風の便りで、すいとある手紙が私の手元にやって来た。 風はいろんな方法で便りを運んでくる。風音の音程を高低使い分けて声のようにして伝えることもあるし、散らした葉っぱで地面に描くこともある。風は自分が一流の配達人であると誇りを持っていて、誰かに頼まれれば配達を断ることはないし、何といってもお金を取ることがない。風いわく「お金なんて使い道がないのです」だそうで、色んな方法を考えて便りを運ぶのは、たぶん仕事というより趣味の範疇なんだろうと思う。 今回は紙飛行機だった。窓を開け放して部屋でぼんやりしていると、音もなく入りこんできた。風の便りはどれも風情があってなんだか好きだ。多種多様で飽きないし、風が知恵をしぼって便りを考えている様が想像できて、なんだかほほ笑ましいのも私が好んでいる理由の一つだ。 はてさて、なにかしら。 なんとはなしにうきうきしながら紙飛行機を一枚の紙に戻していく。長く飛ぶように随分複雑に折ったようで、その紙飛行機を壊すのはちょっと忍びなかったが、この便りを読まないのは風だって本望ではないだろう。そうして折り目だらけの紙になったそれを見て、ちょこんと首を傾げた。 ――約束の地で。 それだけだった。風の便りは差出人が書かれないのが常だし、伝え方が伝え方なので字数も短く制限されている。だから一言で用件と差出人が分かるように、というのが風に便りを託す際の暗黙の了解なのだが、これはなんだろう。 むう、と眉をひそめ便りを矯めつ眇めつする。しばらく考えてみたけれど、やっぱり心当たりはない。風に聞いてみようかしら、と思ったとき、びゅうと慌てた感じの風が吹き込んできた。それに吹かれ、ひらりと紙が一枚入り込む。おや。空中でつかんで、書かれてある文字に目を通す。 ――間違えました。 どうやら誤通だったらしい。よっぽど慌てているようで、紙飛行機を折る間も惜しんでいるらしい。凝り性の風にしては珍しい。くすりと笑いがもれた。 「持っていって構わないですよ」 言うと、部屋の中で風が動いた。ふわりと先ほどの便りを窓の外にさらっていく。空中で紙が折られていって、すぐに紙飛行機に戻ったそれは、すうっとどこかへ飛んでいった。 翌日、外を歩いていると私の頭にこつんと何かあたった。確かめてみると紙飛行機である。風の便りか。この間のものと比べて単純な作りだ。かさかさと広げてみる。 ――胃がきりきりしました。 読んで、思わず吹き出してしまう。風本人からに違いない。 胃なんてあるのかしら。喩えに違いないけれども、そう思いながらにやにやしてしまう。 「ちゃんと届いたのですか」 宙に呟くように聞くと、風が悪戯っぽく吹いて私の髪をさらりと揺らした。私はその答えに満足して、歩みを再開する。 やはり、風の便りは愉快だ。 |
鳥里アオ
2010年02月10日(水) 23時12分06秒 公開 ■この作品の著作権は鳥里アオさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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